Offer

□【いつかの帰り道にて】
1ページ/2ページ





「笠松ー、そろそろ帰ろうぜー」
「おぉ」


部活終わり。
森山にそう声を掛けられ、特に断る理由もなかったからオレはそれに了承し、通学鞄代わりに使っているスポーツバッグを肩に担ぐ。

鍵当番の小堀に別れを告げ、森山と部室を後にした。


「あ゛ぁー今日も疲れた…。ホンット、監督の練習メニューには参るよなー」
「仕方ねーだろ?今年から黄瀬が入ったんだから」
「『キセキの世代』、ねぇ…」
「あぁ。…ま、オレはどーもしっくり来ねーけどな」

オレも森山もチャリ通だから、学校敷地内にあるチャリ置き場まで行き、鍵を差し込んでチャリを手で押しながら話しを続ける。

「何がだよ?黄瀬がモテるから毎日凄いギャラリーが出来てて可愛娘ちゃん達で溢れ返ってるんじゃないか」

“寧ろ黄瀬サマサマじゃないか”とか吐かしやがった森山の足をチャリの前輪で轢いてやった。

「お前は女の事しか頭にねーのかバカ!そーゆー事じゃねぇよ!」
「〜〜ったぁ…何も轢く事ないだろ!?相変わらずの乱暴者め」
「けっ」

涙目になって訴えてくる森山を無視して、サドルに跨がる。
校門を抜けたってのにいつまでもチンタラ歩いてられない。
そんなに強く轢いたつもりはないが、痛みに若干蹲る森山を放置して先に漕ぎ出し、帰り道を進み始める。

直ぐに気を取り直したのか、あっという間に追い付かれたけど。


「ったく…こんな風に黄瀬まで乱暴に扱うと、ファンの娘達にヒドイ目に合わされるぞ?」
「関係ねぇだろ。相手がモデルだろうが何だろうが、ウチの部員である以上特別扱いなんざしねーよ」
「手っ厳し〜。男前だな笠松主将?」
「茶化すなっ」
「別に茶――るつも―――いけど…。そーいやぁ、―――て――だ?」

チャリを漕ぎながらという事と、横一列じゃなく縦一列って事とで、風を切る音が邪魔で自然と大声になる。
だけど森山は、試合でもなけりゃそんなにデカイ声を出す方じゃねーから話し声がよく聞こえない。

その時丁度信号が赤になったから、ペダルを漕いでいた足を止めてブレーキを握った。

キキィ――ッ…と背筋が縮むような少し嫌な音を発ててチャリは止まる。
その間に、オレの斜め後ろらへんに同じく停車する森山にさっき何て言ってたのか尋ねる。

「さっき何つってたんだ?」
「ん?あぁ、やっぱ聞こえてなかったのか。“茶化してるつもりはないけど”っつったのと、“そーいやぁ、さっきの続きは何て言おうとしたんだ?”っての」
「…さっき?」
「“黄瀬がしっくり来ない”ってやつ」
「あぁ、あれか…」
「そ、何がしっくり来ないんだよ?」

オレは何だったっけと考えを纏めながら森山に話し出した。
っつっても、飽くまでオレ個人の意見だけど…。

「黄瀬が『キセキの世代』って呼ばれる事がだよ」
「?…何でだよ?『キセキ』の奴らの凄さは笠松も知ってるだろ?」
「知ってるさ。確かに、ウチの部に入って来てからの黄瀬の動きとかプレイスタイルとか見てて、十分スゲェって思う」
「まぁ、先輩を敬わない態度はどーかと思うけどな」
「それも確かに気に入らねーが、オレが一番気に入らねーのは、アイツらを『キセキ』って呼び出した事、かな」
「は?」
「今でこそあんなクソ生意気な態度だけど、黄瀬がここまで強くなれたのは紛れもなくアイツの努力と訓練だろ?それを『キセキ』とか『天賦の才』だとかって言葉で片付けられんのが気に入らねんだよ」

キセキ、キセキと…黄瀬達を下らねぇ単語で追い込んで、まるで神様か何かみたいに仕立て上げた始まりが気に入らない。
確かに、生まれ持っての才能やセンスはそれなりに必要だとは思う。
だけどそれを生かすも殺すも、結局は自分次第なワケで。
…だから『キセキの世代』だとかそんな言葉で黄瀬の力を片付けたくない。
黄瀬の頑張りを踏み躙りたくない。

「…つっても、まだ黄瀬はウチに馴染んでねーし…練習もサボってばっかで全然頑張ってるようにゃ見えねーけどな」
「おーい、どっちなんだよ…」
「さぁ?その辺はアイツとオレら次第だろ。中学時代どーだったかなんざ知ったこっちゃねーが、海常に来たからには海常の一員としてやってもらう。ってかやらす!」
「おー怖っ、お手柔らかにしてやれよ?笠松キャ・プ・テ・ン!」
「シバくぞ森山テメェ!!っつーか何他人事みてーに言ってんだよ!お前も扱けっ!」
「いやぁ〜ん。そんな事したら女の子達に嫌われるだろ?オレは早川のお守りだけで手一杯デス!ってなワケで、黄瀬の教育は頑張れ笠松センパイ!よっ、THE主将!!」
「テメッ、茶化すなっつってんだろーが!」
「だから茶化してないってば!まぁ、8割笠松・1割小堀・1割オレ含む海常バスケ部って事で」
「ンだそりゃ!殆どオレじゃねーかっ」
「あっ、ホラホラ!青に変わったから早く行くぞ」
「ちょ、待っ…チッ」


森山を問い詰めてやろうとしたのに、タイミング悪く(森山にとったらタイミング良くだろうが)信号が赤から青に変わっちまったから、奴はさっさと行ってしまった。
オレもボケッとしてるワケにはいかないから、地面に着いていた足を再びペダルに乗せてチャリを漕ぎ始めて森山に追い付く。

「ったく…途中で話切りやがって」
「別に切った訳じゃねーよ。纏めると、笠松みたいに理解してくれてる奴が居れば黄瀬は大丈夫だろって」

いつもの口調なのに、どこか確固たる意思を持っている様な森山の声が聴こえた。

「はぁ?どーゆー意味だよ?」
「どーゆー意味も何もそーゆー意味だよ。ホンット、こーゆー事には鈍感だな…笠松は」

ペダルを漕ぐスピードを上げ、オレを放ってグングンと帰り道を進む森山。
溜息交じりにバカにした様な貶された様な台詞を残されて当然だがスッキリしない。

「オイ待てよ森山っ!どーゆー意味なんだって!!」

森山を追い掛けつつ、前を走る奴の背中に投げ掛ければ、、、



「笠松が主将で良かったって事だよ!」



と、半身を捻って振り向きながら大声でそう返された。

ちゃんと前見て運転しろ!とか、お前バカじゃねーの!とか…言いたい事は色々あったけど、その前に……


「〜〜〜っ!!」

顔に熱が溜まるのが分かる。
森山の台詞の所為で小っ恥ずかしい気持ちになって、上手く言葉が出て来なかった。


やっとの思いで返した言葉は…


「偶々オレじゃなきゃお前らみたいな濃い奴ら捌ききれそーになかっただけだろ!っつか、海常バスケ部はオレだけで切り盛りすんじゃねんだから、お前も手伝えってんだよーっ!!試合は一人でやるモンでも五人でやるモンでもねぇ!監督やベンチの奴ら含めて“海常”でやってんだ!」


という、よく分からない…捲し立てただけの言葉だった。

だけど、その自分でもよく分からない言葉に、森山は満足そうに笑っていた。






◆◆◆

next→あとがき。



次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ