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□【T極とM極の攻防】
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まず始めに今の状況を説明してやろう…。


ここは高尾の家、奴の部屋。

オレは高尾の脚に挟まれるようにして座り、奴を背凭れに読書中。
そんなオレの背後から、高尾はオレの腹に手を回すようにして抱き締め、ベッドを背凭れにして座っている。

そんな状況だ。


高尾はベットに、オレは高尾に身体を預けている為か若干斜めの体勢となっている。

……この上なく読書がしづらい。

高尾がギュッと抱き締めて来るから余計に。
というか、高尾は重くないのだろうか?
流石に全体重を掛けているわけではないが、それなりには体重を掛けているというのに……。


「…………高尾」
「なーに?真ちゃん」
「………苦しいのだよ」
「まぁまぁ、たまにはイイじゃん!!真ちゃんは気にしないで本読んでて良いよ」
「…………。」



何が『たまに』なのだよ。
学校でも家でも頻繁に抱き着いてくるくせに!

オレより身長の低い高尾だが、オレが座っていれば身長差はあまり関係なくなる。
だからか、学校で抱き着いてくる時よりも遠慮がない。
力加減もなし。
……一応、読書が出来る程度には緩めているようだが、オレが気にしているのはそんな事以前の問題だ。



――高尾の存在自体が気になって仕方がない……。



高尾と出会って数ヶ月。
高尾とこういう関係になったのも数ヶ月。
ほぼ毎日顔を合わせ、顔を合わせれば(高尾の性格上)こういったスキンシップをしているというのに。
未だに慣れない。
いや、一生慣れる気がしないのだよ。
認めたくないが…心臓がバクバクと脈打つのが煩くて読書に集中できない。
その鼓動が高尾に伝わってやしないか…それが心配で仕方がない。



「高尾、いい加減離れるのだよ」
「なんで?」
「…読書の邪魔なのだよ」
「えー?別に邪魔なんかしてないじゃん!だから気にしないでい〜よ〜」
「………………。」


確かに。
ページをめくる手を邪魔しているワケではない。
文字を隠したりして読む進行を妨げているワケでもない。
物理的に邪魔されているワケではないが、オレの精神的には邪魔されているのだ。

しかしまさか『高尾が気になって読めないのだよ』なんて言えるワケがない。

怪しまれないように、さっきから一定のスピードでページはめくり続けるように心掛けているが、話の内容が全く頭に入ってこないのはお約束だ。


というより……


勘が良い奴のことだ。
高尾は気付いていそうな気がする。
オレが…後ろから抱き締めてくる奴の熱が気になって仕方がないという事に。

そして待っているのだろう。
オレが『お前が気になって仕方ない』と言うのを。
オレが読書を止めるのを。

オレの推測でしかないが、高確率で正解だろう。

相手の思うツボに嵌まってたまるか…絶対に言ってやるものか!!



「…………。」
「…………。」


ぺら……


「……………………。」
「……………………。」


ぺら………



互いに無言を貫く。
沈黙の中にページをめくる音と、時計の秒針が刻む音のみが部屋に響き、それが厭に神経をざわつかせる。


気になる……。

当然だ。
高尾が額を背中に擦りつけてきたり、顎を肩に乗せてきたりして自身の存在を主張してくるのだから。


「……………。」
「……………。」
「…………………高尾」
「ん〜?なぁに真ちゃん?」
「まだ離れる気はないのか」
「当然っしょ?離れる理由がねーもん」
「…………はぁ」
「何その溜息!いくらオレでも傷付くぞっ」
「……暑くて読書に集中出来ん」
「あ、んじゃあ冷房もっと効かす?」
「…そういうこっちゃないのだよ」
「じゃあどーゆーこっちゃなの?」
「それは……」


しまった…
勉強面に関してはオレの方が上だが、如何せん奴はずる賢い。
変な所で頭脳が明晰に働く高尾に、言葉巧みに丸め込まれる事は意外に多い。

今もまんまと誘導尋問に引っ掛かり、奴の有利に進もうとしている。


「何なに吃っちゃって。もしかしなくても真ちゃん緊張してる?」
「…っ」
「あれ、図星?」
「ち、違う!何故オレがお前相手に緊張する必要があるのだよ…!!」


堪らず本から視線を外し、振り返って奴の顔を見てみれば、口許を吊り上げ、ニヤニヤとした狐顔。
小憎らしい奴め…!!

だが、そんな腹立たしい表情を見て顔を赤らめる自分はもっと憎らしい。


「……分かってるのだろう?」
「何のこと?」
「……性悪狐め」
「…それって普通オンナの人に言うもんじゃないの?『この女狐めぇえー!』って騙された男が言ってるイメージ」
「飽くまでお前のイメージだろう。何かの読み過ぎなのだよ」
「恋人の部屋で恋人ほっぽって絶賛読書中の真ちゃんには言われたくないデスー」
「…………………。」


高校生にもなってムスッと頬を膨らませ、高尾は不満をアピールしてくる。
奴が拗ねている事は最初から気付いていた。
“構ってほしい”と訴えてきている事にも気付いていた。

気付いていてそうしなかったオレも、大概性悪のようだ。
性悪というよりも素直じゃないといった所か…?


「……ねぇ、真ちゃん」
「なん…っ!?」


バッ、と手元の本を奪われる。
我慢の限界を先に超えたのは、どうやら高尾の方だったようだ。
取り上げた本を床に置き、フローリングを滑らせてドア付近にまでやってしまった。
…呆然としているオレの身体を軽く反転させ、今度は正面から抱き締めてくる。


「……高尾?」
「真ちゃん聞こえる?…オレの心臓の音、」
「?」


スッ、と手を取られて高尾の胸元に持って行かれる。
運動部らしく鍛えられたそこに手を宛てると、確かに伝わってくる高尾の鼓動。

トクン、というよりも

ドッドッドッドッ……、


まるで走り込みの後のような速さ…


「……速い、な」
「真ちゃんが来てからずっとこんな感じ。…バレてねーか内心冷や冷やしてたんだから」
「………………。」

気付かなかったんじゃない。
自分の事に手一杯で背後の鼓動にまで気を配っていられなかっただけだ。

「……意外だな」
「何が?」
「お前はいつもスキンシップが激しいから…平気なのだと思っていた」
「ンな事ないよ。余裕ぶってるだけ……好きな奴と二人で居て緊張しないワケねーじゃん。オレそんなに大人じゃねーし」


緊張してんのは真ちゃんだけじゃないんだよ?


静かに、だが相変わらず口端を上げて言ってくる。
腹立たしさを感じ、奴の両頬を思いきり引っ張ってやった。

「いひゃいいひゃいっ!ふぃんひゃんひゃひゃふぃふぇ!!」
「煩い!オレは緊張などしていないと言っているだろう!」
「うっひょひゃー!ふゃっふぇふぃんひゃん…」
「何を言っているのか解らないのだよ」
「ふゃーひゃひゃふぃふぇひょ!」
「………フン」

“離せ”と言っているのは何と無く解ったので、仕方なく抓っていた手を離してやる。

「あー、痛かった…ヒデェよ真ちゃん」
「お前が適当な事を言うからだろう!」
「適当なんかじゃねーよ。真ちゃんがドキドキしてたの伝わってたもん」
「!!」

ほらみろ…。
高尾は気付いていた。
高確率が100%になった瞬間だった。

「…だからお前は性悪狐と言うのだよ」
「真ちゃんは…性悪っつーより素直じゃねーよな。自分だって構って欲しかったクセに。ツンデレさん!」
「煩い黙れツンデレじゃない!」


ムキになって返しても、高尾は笑って『はいはい』と答える。
本当に緊張しているのか甚だ疑問だが、奴から伝わる鼓動の速さが全ての答えを物語っていた。


「…じゃあさ、オレから言うから…お願い聞いてくれる?」
「……何だ?」
「…本より、オレの事構って?」

グッと肩を引き寄せられ、さっきよりも強く抱き締められる。
お互いの鼓動が交わって一つの心臓のようだ。

ここまでされて読書を続ける程、オレは空気を読めなくない。

「……眼が疲れただけなのだよ」
「はいはい」
「本当だからな!」
「分かってるよ」


…どうせまた内心で『ツンデレだなぁ』とか思っているのだろう。
くつくつ笑う高尾にイラッとしたがグッと堪えた。


その代わり、


高尾の背中に腕を回して


息が詰まる程


力の限り抱き締め返してやった。







◆◆◆


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