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□【睡眠導入剤】
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未だベッドで布団に包まる恋人の姿。
頭は布団から出ているが、出逢った時より少しだけ伸びた前髪が目の辺りを隠していて表情は見えない。
サラリ…
指通りのいい、柔らかく細い髪を指先で退ければ、閉じられた両瞼が見えた。
スヤスヤという擬音が聴こえてきそうな程、安らかな寝息が聞こえる。
一度だけ瞼に唇を落とすと、火神は心を鬼にして恋人を起こしにかかった。
「起きろ黒子!朝だぞっ」
「んぅ…もう、ですか?」
もぞもぞと布団から這い出てベッドの上に座る。
寝ぼけ眼だが、火神の恋人―黒子テツヤ―の起床である。
「そうだ。朝メシにすっから、早く顔洗って歯ァ磨いて来い」
「…………………はい」
返事はするものの、まだ眠た気に眼を擦る黒子の傍に腰掛け、派手に寝癖のついた髪を出来るだけ優しく撫でてやる。
上から下へ撫でれば、その間だけ普段通りの真っ直ぐな髪に戻るが、掌が通過してしまえば、またピンピンとあちこちへ跳ねっ返る。
「相っ変わらずスッゲェ事になってんぞ、頭」
“どこの戦闘民族だよ?”と、茶化したように火神が言えば、少し拗ねたような声色で黒子が言った。
「……別に跳ねてても火神君が直してくれるんで構いません」
ビシッ…
黒子のその言葉を聞いた瞬間、火神は石のように固まった。
そして次の瞬間には、頬を紅く染めてこう言うのだ。
「お前って奴は…相変わらず恥ずかしいセリフをポンポン吐きやがって…!」
「だって本当の事ですもん」
髪質と同じぐらいサラリと言葉を発する黒子に、火神は一度だって勝った事はない。
今日も火神の負けのようだ。
「…ったく。わーったよ!今日も直してやるよ」
「はい、お願いします」
口ではぶっきらぼうな言い方をしながらも、黒子の髪を撫でる手つきは、変わらず優しい。
「…火神君の手、あったかいです」
「んぁ?お前のは冷てーけどな」
「子供体温なんですよね、君は」
「誰がガキだ、誰がっ!」
「……………か……がみく…に……決まって……」
「って、オイ!また寝ようとすんじゃねぇっ」
うつらうつらと舟を漕いでいた黒子に火神のデコピンが炸裂する。
彼なりに加減はしているだろうが、中々に痛い。
「…痛いですよ火神君」
「テメェがまた寝ようとすっからだろーが!」
「火神君が撫でるからです」
「オレの所為かよ!」
なんつー言い草だ!と、火神の米噛みに青筋が立つが、黒子は気にもせずに寝起き特有の舌っ足らずな口調で火神に言い放った。
「火神君に撫でて貰うの好きなんです。でも、心地好過ぎるのも困りものですね……」
“眠くなっちゃいます、ボク”
意図的なのか天然なのか…黒子の言葉に、今度は頬だけでなく顔全体を紅く染め上げた火神は、ガシガシと乱暴に自分の髪を掻いた。
「っだぁああぁーもぉおおーっ!!!朝メシは後回しな!」
ガバッと黒子の身体を抱き締めて後ろへ倒れれば、二人とも自然とベッドへ身を沈める事になる。
「かがみくん?」
「るっせー。どーせまだ眠ぃんだろ?二度寝だ、二度寝」
抱きしめる腕にギュッと力を込めて完全に寝る体勢に入る火神。
「いいんですか?」
「今日は一日オフなんだし、別に構わねーだろ?」
「そうじゃなくて…せっかく寝癖が直りかけていたのに…」
「ンなもん…また寝癖ついてたらオレが直しゃイイだけの話だろ」
「でも…」
「『でも』じゃねぇ。…オレが好きなんだよ。お前の髪触んの」
「!」
「まあ、髪だけじゃなくて全身好きだけどな」
珍しい。
滅多に無表情を崩さない黒子の白い頬に朱がさした。
『周りが気付いていないだけで結構表情豊かだぜ?…です』とは火神談だが、それはきっと、黒子が彼に対して特別豊かだからだろう。
「恥ずかしい人ですね…君は」
「はぁ?オレのどこが恥ずかしいってんだよ」
「分からないなら結構です。……それより、火神君もするんですか?二度寝」
今しがた目覚めた黒子とは違い、火神は早く起きていた。
二度寝と呼ぶには間が開き過ぎている気もするが………
「問題ねーよ。お前ギュッてしてたら眠くなってくる」
「…っ!」
(やっぱり恥ずかしい人…)
流石はアメリカンです…と、黒子は心の中でのみ呟いた。
純粋にストレートな言葉をぶつけてくる分、意外と火神も口は達者なのかもしれない。
国語能力云々は関係なく。
彼は言葉ではなく気持ちで話すから…。
「じゃあ起きたら…また髪、直して下さいね」
「おう。もう、オレの仕事みてーなもんだからな」
「…はい」
「そんで朝メシ食ったらどっか行こうぜ」
「そうですね……」
サラリ…
抱き締められる。
髪を撫でられる。
その両方による温かさと優しさに、黒子は再びベビーブルーの瞳を瞼で隠した。
「おやすみ、黒子」
恋人の身体を揺り篭に…
恋人の穏やかな囁きを子守唄に…
黒子が眠るまで、まと少し―――……
◆◆◆
香夜さん!
お誕生日おめでとうございますっ(*^▽^)/
2010.6.18.金