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□【気付かされた想いは突然に】
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最近、黄瀬の様子がおかしい。



毎日毎日飽きもせずに抱き着いてきていたのが無くなった。
昼休みにオレのクラスまで来ていたのが無くなった。
部活でも休憩毎に絡んで来る事が無くなって、真面目にマネージャー業だけを熟している。

いや、それで良いのかもしれないが…ムズ痒い様な…何か変な感じがする。





「なんだ笠松。寂しいのか?」

とか吐かしてきた森山は取り敢えず殴っておく。
普段から『女』だの『あの子可愛い』だの『合コン』だの言っている分、オレよりそのテの話は得意だと思ってコイツに話したのが間違いだった。


「イ゛タタタ…へーぇ?てっきり、あれだけ毎日ワーキャー付き纏われてたのがパタッと無くなって寂しいのかと思ったけどな」
「なワケねーだろ。適当な事言ってんな」

そうだ。
付き纏われていたのがなくなって清々してるはずだ。
なのに何でこんなにモヤモヤしているのか…。

黙り込んじまったオレに、“あーそうですか”と言って森山は席を立った。
あと二分ほどで午後の授業が始まる。
自分の席へ向かうのだろう。


「あ、そうだ笠松。恋愛のエキスパートであるこのオレから二つだけ言っておく」

去ろうとした森山が不意にオレの方を振り向いた。

(なにがエキスパートだ。テメェただの女好きだろうが!!)

とは思ったが声には出さなかった。
振り向いた森山の表情がさっきまでのニヤけ面じゃなく、えらく真剣な表情だったからだ。

「…………ンだよ」
「黄瀬はモデルだ。…けど、その前に一人の女の子だ。そこらの女子高生と何も代わらない…。芸能人だけど一般人に好きな奴くらい出来るだろーよ」
「あぁ?ンな事解って…」
「そんで、お前はもう少し自分がモテるって事を理解しといた方がいいぜ?」
「はぁ!?ちょっと待てよ!それどーいう意味だよ!!」
「それは自分で考えろよ、キャ・プ・テ・ン」

それだけ言うと、奴は普段のニヤけ面に戻って今度こそ自分の席へ着いた。


(一体なんだってんだよ…!)


あーだこーだと考えている内にチャイムが鳴り、教師が教室に入って来て授業が始まる。
だけどオレの耳には授業内容なんて入ってくるワケもなく……頭の中は黄瀬で占められていた。









答えは見つけられないまま、あっという間に時間は過ぎ、部活も終わってしまった。
今日も黄瀬は必要以上に話し掛けてくる事も近付いて来る事もなかった。

今は一人残って自主練中。
リング目掛けてボールは放っているが、心ここに在らず。機械的な作業にしかならない。


(クソッ…なんだってんだよ)


見付からない答えに。
答えを知ってるらしい森山に。
何も言わずに離れた黄瀬に。
部活中全くと言っていいほど集中出来なかった自分に…苛立ちが抑えられない。

ただの後輩一人にこんなに心掻き乱されて堪るか。

“ただの”…?

本当にそうなのか?
本当にそうなら何でこんなにイラつくんだ?
何でこんなに……。


(……今日はもう上がるか)


身の入らぬまま続けても為にならない。
後片付けをし、体育館を出て部室へ向かった。




(―――あ?誰か居んのか?)



誰も居ないはずの部室から微かな物音と人の気配。
だが電気は消えていて真っ暗だ。

(まさかとは思うが…泥棒か?)


…………あれやこれやと考えても仕方ない。
オレは意を決してドアノブに手をかけ、勢いよく扉を開いた。


「誰だ!」


扉を開き、中に入ったとほぼ同時に入口付近にあるスイッチを入れ、明かりを点ける。
そうすれば当然、室内に居た人物の正体が解った。


「…黄、瀬?」
「っ、センパ…っ」


もう帰ったはずじゃないのか?
何でお前がここに?
こんな時間に何してんだ?
何で……オレを避けてた?


聴きたい事は沢山あったが、それよりも先ず……


「…何で、泣いてんだよ?」


モデルをしているからか…持って産まれた宝か…高一とは思えない程のムダに綺麗な顔が悲痛に歪み、頬は濡れていた。

「な、もないっス…」
「何でもねーワケねぇだろ…電気も点けねぇで泣いてたクセに」
「っ」

床にへたり込む黄瀬に近付き、自分は彼女の前に胡座をかいて座る。
だが黄瀬はオレの方を見ようとせず、スカートを握り締めて俯きっぱなしだ。

「黄瀬」
「…………………」
「何かあったのか?」
「……………っ」

ダメだ。
泣くばっかりで口を割ろうとしねぇ。
普段、悪戯とかした時なら無理矢理にでも吐かせるが、今は勝手が違う。
森山ならこういう時『君に涙は似合わない』とか何とか恥ずかしい事を言って慰めるんだろうが…そんな歯の浮くような薄らサムイ台詞はとてもじゃないがオレには言えない。

つーか…別に森山なんか気にする必要ねーじゃねーか。
オレはアイツじゃねんだから。



ガシッ



「ふぇ!?」
「……何があったか知らねぇが…泣くな」


黄瀬のふわふわとした髪を少し強めに撫でる。
撫でるっつーよりは髪をクシャクシャにするって表現の方が近ぇかもしんねぇけど。


相手は女の子だとか
乱暴だとか
優しくしてやれよとか


知らねんだよ…ンな事ぁ


これが、

オレのやり方なんだ。


「ちょ、センパっ…イタッ、痛いっスよっ」
「うっせー!黙って撫でられてろ!…お前がメソメソしてっと……なんか調子狂うんだよ!

だから、いつもみてぇにヘラヘラしてろ」
「!」


未だ潤んだ眼が見開かれる。
暫くボケー…っとした後、小さな小さな声だったが『…っス』と返事をしてきた。
首に掛けていたタオルで顔をグシグシと拭いてやる。
少し汗臭ぇかもしれねぇが…そこは我慢しろ。


「泣き止んだなら帰るぞ。もう外も暗ぇしな」
「………」
「…黄瀬?」
「…センパイは…優しいっスね」
「…あ?」

タオルを握って俯き加減のままポツリと呟いた黄瀬。
かなり小さな声のため、彼女に少し近付く。

……こんなに近付いたのは久しぶりだ。

(って、何考えてんだオレは!どこぞの女好きじゃあるめぇし!)

自問自答している間にも、黄瀬はボソボソと話続けている。

……のだが、


「やっぱり…オレなんかじゃ、センパイに釣り合わねっスよね…」
「……………は?」

ちょっと待て、何の話してんだ?コイツは。
内容の意味がよく解らない。

「オレ、迷惑だったっスよね…いつもいつもセンパイにベタベタ付き纏って。でも、別に嫌がらせしようとか…そんなつもり全、然…な、って…っ」


止まりかけていた涙が再び頬を伝い、しゃくりあげ始める。

「…誰かに何か言われたのか?」
「…っ」
「…言ってみろよ」
「……『モデルだからって調子のんな』って『笠松が嫌がってんのくらい気付けって』」
「………………。」


つまりそれは…そういう事、か?

「…随分ひでぇ言い草だな」
「センパイ、自分に関心ないから知らねんスよ……モテモテなんスよ?かなり」


――もう少し自分がモテるって事を理解しといた方がいいぜ?


森山が言っていたのはそういう事だったのか。
女ってのは恐ぇ…つーか、陰湿だな。
『言いてぇ奴には言わせとけばいい』
そうは思うが、それで傷付くのは黄瀬だ。
もしそれでオレが何かすれば『チクった』とか何とか難癖をつけてまた黄瀬に火の粉が降り懸かる。
悪循環だ。

だが何もしなくても黄瀬が傷付くなら……腹を括るしかない。
やっと気付いた…やっと認めた自分の気持ちに。


「…いつオレが嫌だっつったよ」
「セ、パ…?」

確かに“くっつくな”とは言ったかもしれねぇ…けど、

「『迷惑だ』なんてオレがいつ言ったんだよ」
「でも…っ」
「でももへったくれもねぇ。何処のどいつか知らねーが…ンな辛気臭ぇ奴らの言う事は聞けて、オレの言う事は信用出来ねぇのか?」
「っそんなワケないっス!」
「なら、今まで通り纏わり付いてろ!お前が傍に居ねぇと落ち着かねんだよっ」
「!……セ…ン、パイ」
「お前なら…今のがどういう意味か解んだろ?」
「…オレ、バカっスから…ちゃんと言ってくんないと…分かんねっスよ」
「…チッ。オレは……お前が好きだっつってんだよ!バカ黄瀬!」


何故か半分自棄気味だ。
それも…目の前のコイツが目元を染めながらも、普段のイタズラっ子っぽい顔をしているからだろう。


「…オレ……自惚れちゃうっスよ?」
「…イイんじゃねぇの?自惚れんのは特技だろ?」
「ヒドッ!…でも……センパイのそんなとこも好きっス!」

ガバッと勢いをつけて抱き着いてくる黄瀬を何とか受け止める。
…きっとオレの顔は今、紅くなってる。
それでも、コイツが笑ったので善しとすっか…。
それでこそ黄瀬だ。

カメラの前とかファンの奴らに向ける創った笑顔よりもヘラヘラ。

メソメソと悄らしく泣くよりも、犬コロみたいにキャンキャン吠え鳴く。

コイツはそんくらいじゃねぇと構い甲斐がない。

取り敢えず。
男にも女にも…牽制する必要があるな。
『コイツはオレのだから二度と手ぇ出すな』って。


「センパイ…もっかい言って欲しいっス」
「……一回しか言わねぇからな」
「はいっス!」






「好きだ」






(で、お前何でまだ部室に居たんだよ?)
(センパイと話がしたくて実は残ってたんスけど…やっぱ怖くて…部室に篭ってたっス)
(……………ばーか)



◆◆◆


next→あとがき+土下座



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