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□【雨色恋愛】
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「しーんちゃん!今日ちょっと寄り道して帰ろ!!」




金曜日の授業終わり。
整備点検の為、体育館は使えず今日は部活はなし。
それをチャンスとばかりに高尾は緑間にそう言った。

のだが……


「何を馬鹿な事を…。お前はこの曇り空を見て何も思わないのか」


降られる前に帰るのだよ。


残念ながら本日の空は鈍よりと灰色に覆われており、朝の天気予報では『曇りときどき雨』と言っていた。
なので傘は持って来てはいるが、現在降っていないのならその間に帰った方が当然いい。
傘を差していても多少は濡れてしまうのだから。
女王様な恋人はある意味正論とも取れる言葉でそう突っぱねた。


「えー!!折角部活ないんだぜ?ちょっとくらいイイじゃん!」
「部活がないからこそ早く帰って体を休めるのだよ」
「ぶー!相変わらずツレねーなー真ちゃんは!」
「ツレなくて結構なのだよ」


どこまでもツレナイ緑間と、諦めない高尾。
高尾が食い下がるのには理由がある。

高校バスケ界・東京都三大王者の一角である秀徳高校。
その練習量は並大抵ではない。
朝は早く、夜は遅くまで鍛練を積む。
どこかへ寄り道する時間などない。

毎日一緒に登下校(という名の送り迎え)はしていても、それだけでは足りない。
折角晴れて恋人同士になれたのだから出掛けたい。
滅多にないこのチャンスに高尾の想いは強かった。

『中学の頃は“キセキ”の連中と寄り道してたくせに』と、以前黄瀬に聞いた昔話を思ったが口にはしない。
彼らに負けた気がして悔しいから。

どうしても首を縦に振らない緑間に、高尾は最後の手段を取る。


「まあまあ、んな事言わずに取り敢えず話だけでも聞いてよ」
「…なんだ?」

緑間は渋々といった感じではあるが、一応話に耳を傾ける。

「あのさ、隣町に新しいクレープ屋が出来たの知ってる?」


ピクッ…と微かだが緑間の肩が揺れたのを高尾は見逃さなかった。


「…朝、女子達が騒いでいたやつか?」
「そーそー!んで、その店、開店記念で今日だけ全品20%OFFなんだと!」
「……ほう」
「ふふん…これで驚いちゃいけないぜ。更に!友達同士だったりカップルで行くとなんと半額!!」
「!」


ここまでくれば作戦は成功したも同然だ。
甘党な彼がこの話に乗らないわけがない。


「…って、話だったから行こうかな〜って思ったんだけど、真ちゃんは帰りたいみたいだし…また今度かなー」
「……高尾」


そら、掛かった!


最後の仕上げとばかりに、わざとらしく諦めた風を装い発言すれば見事、緑間は引っ掛かった。


「んー?どうしたの真ちゃん。帰んねーの?」
「…お前がどうしてもと言うのなら、付き合ってやらない事もないのだよ」
「マジ!?んじゃあ早く行こ!!きっと女子とかも行ってるから混むだろうし!!」
「あ、ああ」


なんというツンデレ。
なんという上から目線。
だが緑間のその眼が輝いているように見えたのはきっと、高尾の気の所為ではなかった。









流石に人目をひくという事と、雨がいつ降り出すか分からないという事でリアカーではなく徒歩。

クレープ屋に着いた時、予想通り秀徳生だけでなく、情報を聞いた他校生などで混んでいた。


「うっわ、やっぱスゲーな…」
「仕方あるまい。これだけの客に来てもらわなければ元は取れんだろう」
「確かに…」

緑間の言う通り、開店記念で安値にしている上、多くが友達連れだったりカップルだ。
そもそもクレープ屋なんて一人では滅多に行かない。
つまりは殆どが半額値…大勢の客に来てもらわないと大赤字だ。

並んでいると店員の一人がメニューを持って来た。
種類は豊富で全50種類。
待っている間に決めておかなければ。


「うあーどれにしよ?どれも美味そうだなー」
「うむ」
「あー!迷うっ!!真ちゃんもう決めた?」
「いや、まだだ」
「だよなー。あ、真ちゃんコレ期間限定だって!!」
「イチゴか…」
「最近多いよなー。よし!オレこれにしよ。真ちゃんは?」
「…オレはこれにするのだよ。」

緑間が指差したのは『抹茶ティラミスと抹茶アイスの黒蜜&生クリーム添え』

「………甘そー」
「クレープは甘くてなんぼなのだよ」
「…ソーデスネ」

期間限定品ではなく、あくまで甘いものを選ぶとは…流石は甘党である。

自分達の番になり注文すると、出来上がるのをクレープワゴンの端で待つ。

少しすると店員が出来上がったそれを持ってきてくれた。
アイスが入っている為、スプーンが刺さっている。

「お待たせしましたー」
「おっ、どーも」
「すみません」
「ありがとうございました。またお越し下さいませ」

手渡されたクレープはまだ少し温かかった。
ワゴンから離れ、歩きながら二人して早速かぶりつく。

「うっめー!いちごマジ美味い!!」
「抹茶だって美味いのだよ」
「マジ?え、真ちゃん一口ちょーだい!」
「……一口だぞ」
「わかってるって!ほい、オレのも」
「ん」

お互いのクレープを交換し手渡す。
高尾が緑間の頼んだ抹茶クレープを噛じると抹茶特有の仄かな苦味と黒蜜と生クリームの甘味が口内に広がる。
予想以上の甘さに若干噎せそうになる。
緑間の方も高尾のクレープを食べるが元が甘党なのでどんな甘さも気にしない。
イチゴの酸味と生クリームの甘さ、ストロベリーアイスのサッパリした甘さを堪能していた。

再び手元に戻ってきた自分のクレープに口をつける。

…余談ではあるが、行儀の良い緑間は口端に生クリームが付くなどという失態は起こさない。
つまり、その…“拭いてあげる”だの、“舐め取る”などのイベントが起こらない。
それが、高尾にとって唯一残念な事であった。









クレープを食べ終わり駅に着いた頃、丁度雨が降り出した。

「げっ、降ってきた」
「駅に着いていて良かったのだよ。ほら、帰るぞ」
「あ、待ってよ真ちゃん!」

雨が降り出した空を見上げる高尾を置いてさっさと改札を抜ける緑間。
彼を追いかけて定期券で改札を抜け、ホームに着くと丁度電車が来ていたのでそれに飛び乗る。


「おぉ、ギリギリセーフ。間に合って良かったな」
「当然なのだよ。人事を尽くしているのだからな」
「いや、人事関係ないから!」

相変わらずの占い信者である。
そんな彼と他愛のない話をしていると、早くも緑間が下りる駅に着いてしまった。

(あーあ…もうバイバイか…)

高尾が下りる駅はこの一つ先。
ドアが開いて緑間が下り、他に下りる人の邪魔にならない様に避けて立ち、高尾はドア側にある手摺りを掴む。

「んじゃお疲れ。今日は付き合ってくれてサンキュな!…また明日!」
「………。」


『ドアが閉まりますご注意下さい』というアナウンスが流れた時、急に緑間が手を伸ばし、高尾の腕を掴んだかと思えばそのままグッと電車から引っ張り下ろした。


「え?」


突然の事で呆気に取られている高尾の背後で扉の閉まる音がした。


プシュー…
ファー…ン……
ガタンガタン……


発車した電車の風に髪を揺らしながら、高尾は緑間を見るが、緑間が横を向いている為に二人の視線は交わらない。


「え、っと…真ちゃん?」
「……オレを家まで送らないつもりか?高尾のクセにいい度胸なのだよ」
「へ?」
「っ、さっさと帰るぞ!」


バッと掴んでいた高尾の腕を放すと、そう言って又しても彼を置いて改札口へ向かう。
一瞬だけ見えたその顔は赤く染まっていて…。

「〜〜っ!待ってよ真ちゃん!!速いって!」
「うるさい!もたもたするなっ」


改札を出ると、外はやはり雨が降っていた。
緑間が傘を差すと、高尾は彼の隣に入った。

「自分の傘があるだろう!」
「いーじゃん別にっ、こうしたい気分なの!」
「…ふんっ、勝手にしろっ!」
「ヘイヘイ。お言葉に甘えますよー」


所謂、相合い傘。
地元である緑間からしたら恥ずかしい以外の何物でもないだろう。
だが、今の高尾には彼に気を回してやる余裕がない。


(少しでも長く一緒に居たいと思ってくれたんだよな?)


聞いてみたいが、ツンデレな彼の事だから『そんなわけないだろう。自惚れるな!!』とか言って素直には答えないだろう。
だからその問いは胸に仕舞っておく。

「ねぇ真ちゃん、折角だからさ、あのクレープ屋全種類制覇目指していこうよ!」
「…あと24日も通うのか?」
「期間限定のとかあったし、新作とか出来るかもしんねーからもっとかもねー。まっ、部活あるし毎日ではないけどさ!クレープ屋じゃなくても…また時間がある時…どっか行こ?二人で」
「……リアカーでなら出掛けてやらない事もないのだよ」


暗に、晴れならば出掛けても良いという事か。
本当に素直じゃない。


「へいへい。わっかりましたよ、女王サマ!」
「誰が女王様だ!」
「いひゃいいひゃいっ、ごめんなひゃい!」


傘が狭い故、肩が触れ合う程の位置を歩く緑間に頬を抓られる。
抓られている頬は痛いが、それだけ彼の傍にいるんだという現状が高尾は嬉しかった。


(晴れも良いけど…でもオレは雨のが良いな…。
だってこんなにも真ちゃんが近いんだもん!)


予定よりも延びた距離と時間。
雨はまだまだ止む気配はない。






◆◆◆


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