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□【犬は食わねど獣は喰う】
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「…火神君の分からず屋」
「んだと?もっぺん言ってみろ!!」
「何度だって言います。火神君の分からず屋っ」



部活のないとある日。
とあるカップルがケンカしていた。




「…火神君の無神経」
「お前こそ少し空気読めよ」
「その言葉、そっくりそのまま君に返します」
「こ、んにゃろ…!!」



何をこんなに揉めているのかといえば、話はほんの数分前に遡る…。




三日連続のハードな練習試合を熟した誠凛バスケ部は珍しく二連休をカントクからもらっていた。

こんなチャンスを逃すほど火神はバカではない。
恋人である黒子を家に誘った。
黒子も黒子で、やはり恋人と過ごすのは嬉しいに決まっている。
故に『家に泊まりに来いよ』という火神の問いに、当然黒子は『はい』と答えた。



ここまでは良しとしよう。



問題はここからだ。



火神が黒子を自室に招き入れ、腰を降ろした所で不意打ちでキスを仕掛けたのだ。


これに驚いた黒子は思わず火神を突き飛ばし、ベッドに乗り上げ、隅っこに避難してしまった。



「ってーなぁ、何すんだよ!」
「か、火神君こそ、急に何をするんですか!!」
「別に今更だろ?キスくらい」
「そういう問題じゃありません。流れ的におかしいですっ」
「どう考えてもそういう流れだったろーが!!」



付き合い出して数ヶ月。
キスもした。
それ以上もした。

が、いつまで経っても初々しい…というか、恥ずかしがり屋というか…。
未だに黒子は火神の行動に慣れない。


「何ですぐそっちに話を持っていくんですか?……火神君のえっち」
「んなっ、普通恋人と部屋に二人っきりで居たらそーなんだろうがっ」
「だからって何ですぐにシようとするんですか?」
「好きだからに決まってんだろ!!?」
「体目当てですか?」
「なっ!んなわけねぇだろ ふざけんなっ!!」
「……ボクは火神君と一緒に居られればそれでいいです。火神君は違うんですか?」
「オ、っレ…だってなぁ!お前と居られればそれでいいけどっ」
「じゃあ、良いですよね?」



“ああ言えばこう言う”とはこういう事なのだろう。
口では黒子には勝てない。
それは火神とて解っているし、気分ではない黒子に無理強いするつもりもない。
…が、こうも否定されると少し……落ち込む。


「――っもういい!!」


黒子の態度に拗ねてしまった火神はベッドの隅で警戒している恋人に背を向ける。


「………。」
「………。」


(少し言い過ぎましたかね…?)


重苦しい雰囲気が漂う。
こんなはずじゃなかったのに。
黒子とて火神が体目当てなわけない事など百も承知だが、どうにも恥ずかしさが勝ってしまいあんな事を言ってしまった。

火神は火神で黒子の性格を分かっていながら、先走った行動をとった数分前の自分を呪った。


気まずい沈黙が包む中、それを破ったのは黒子の方だった。


「……火神君」
「………。」
「拗ねないで下さい」
「…拗ねてねぇ」
「拗ねてます」
「……。」


このまま無駄なやり取りをしていては折角の二人きりの時間まで無駄にしてしまう。


(ここはボクが大人にならなければ…)


黒子はベッドの隅から火神の傍まで移動し、フローリングにペタリと座る。


「…火神君」
「…なんだよ」
「ボクは、別に火神と…その、キ、ス…するのが嫌で突き飛ばした訳じゃないです」
「…わーってんよ」
「さっきは、ちょっと驚いただけで…恥ずかしかったんです」
「…いい加減慣れろよな」
「無理です」
「即答かよ…まぁ、可愛いからそのままでいいけどよ」
「可愛くありません。君がカッコイイのがいけないんです」
「おまっ、ハッキリと…」
「本当の事です。」


黒子は胡座をかく火神の脚の間に座り、背中を預けると自然な流れで火神の両手が回り、腹の辺りで組まれ、肩に火神の顎が乗る。


「もう急にしてこないで下さいね。心臓に悪いですから」
「…極力ガマンする。お前こそ、もう“体目当て”とか言うなよ?」
「はい。すみませんでした…。体目当てとか思ってませんから」
「ったりめーだ」


お互いに機嫌が直ってきた所でやっと穏やかな雰囲気が戻ってくる。


「好きですよ、火神君」
「…おう」
「…火神君も言って下さい」
「…オレも好きだ。黒子…」
「はい?」
「…していいか?」
「…そういう事聞かないでください」
「お前さっきは急にすんなっつったじゃねぇか!」
「こういうのは雰囲気が大事なんです」
「ったく、うるせ…っ!」



不意に火神の言葉が途切れた。
途切れさせたのは勿論黒子で。
その術は振り返った黒子の唇…。



「お、おまっ」
「お仕返しです…やられっぱなしって嫌なんです、ボク」
「っの、負けず嫌いが!!」
「火神君には言われたくありません」


小さな言い合いを続けながら、お互い抱き合う力は緩めない。
微かに触れ合った唇の熱を味わいながら、しばらくゆったりとした時間を過ごしていたが…



くぅ〜〜…



「………。」
「…お腹空きました」
「この雰囲気でそれを言うのかお前は……今日は何食いてぇんだ?」
「何でもいいです。火神君の作ってくれたご飯は何でも美味しいですから」
「あのなぁ…『何でもいい』ってのが一番困んだぞ」



そう零しつつも火神は冷蔵庫の中を思い出しながら献立を考えていく。
その間黒子は、大人しく火神の腕に納まっている。

さっきは突き飛ばしたくせに…自分自身でもげんきんだな、と黒子は思う。



「どうした?」
「いえ、ただ…夫妻喧嘩は犬も食わないな、って思っただけです」
「?…なんだそりゃ?」
「解らないなら結構です」
「ふーん……お前とのケンカなら勿体なくて犬になんざやれねぇな。オレが喰うし」


また何を天然で言ってのけてくれるのかこのアメリカンボーイは…。


「…………恥ずかしい人ですね、君は」
「はぁ!?何がだよ?」
「解らないなら結構ですってばっ!!」



照れから声を少し荒げ、黒子は赤く染まった顔を隠すために未だギャーギャー喚き立てる火神の広い胸に“ぼすっ…”と顔を埋めた。



ほかほかご飯にありつけるのはまだ先になりそうだ。





◆◆◆



next→あとがき。



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