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□【おねだりに鳴く】
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3年生は自由登校となったこの時期。
既に部活も引退し、大学も無事合格を手にする事が出来たオレは、同じく推薦合格を果たした春日の家へ向かっていた。
春日の自宅がある最寄り駅を降り立った所で、ポツ…ポツ…と、雨が降り出した。
天気予報で『午後から雨』と言っていたので折りたたみ傘がカバンに入っている。
傘を取り出してバッ…と開き、いざ雨の中へ。
春日の家へ向かうべく歩きだした。
しばらく歩いていると、春日の家の近くにある空き地まで到達する。
そこの大体中心辺りに見慣れた頭が透明なビーニール傘越しに見えた。
(…まさか)
と思いつつ、傘を差しながらしゃがみ込んで何かをしている塊に近付き声を掛ける。
「春日」
「んー?…あれ、岩村ー。もう着いたのー…?」
思った通り、そこに居たのは恋人の春日だった。
「一体どうしたんだ?こんな雨の中…風邪を引くぞ」
「んにゃ、駅まで岩村を迎えに行こうとしたんだけどーコイツが…」
「コイツ?」
わんっ
何か聴こえた。
…“わん”?
立ち位置を変えると、春日の身体に隠れて見えていなかった声の主の姿を確認することが出来た。
小さな体に三角形の小さな耳…くりくりとした黒い目。
ハッハッハッ…と短く息を繰り返す茶色のふわふわした……
仔犬(恐らく柴犬)。
「………。」
「…えへへー」
「春日、これはどういう事だ?」
「オレがここを通り掛かった時にはもう居たんだよー。ドカンの中で震えてたんだよね…」
この空き地の中央にはドカンが置いてある。
中は空洞なので、確かに犬ぐらいなら雨宿りは出来る。
「首輪はしてるから飼い犬なんだろーけど、住所とか書いてないからさー」
「心当たりはないのか?」
「あれば届けてるってのー」
確かにそうだ。
オレは春日の隣に同じようにしゃがみ込み、懐っこく尻尾を振って擦り寄ってくるチビを抱き上げて撫でつけてやる。
クーンクーン…と鼻を鳴らして、手を舐めたり指を甘噛みしてきたりする。
まだ本当に仔犬なので歯が細くて若干痛い。
「こら、噛むんじゃない」
「わんっわんっ」
「……分かっていないな」
「……。」
「春日?」
先程から黙っている春日に視線をやると、どこか拗ねたようなむくれているような……。
「春日…どうし「りゅうっ!!」」
“どうした?”と問おうとしたオレの声を遮って子供の声が聴こえた。
空き地の入り口を見ると小学生ぐらいの女の子が立っており、こちらに向かってくる。
「あ、あの…その仔…」
「…君の犬か?」
「はい。…いつの間にか出て行っちゃってたみたいで…ごめんなさい」
「いや、無事に見付かって良かったな」
「はいっ、ありがとうございました!」
「その仔“りゅう”って言うのー?」
「はい、お兄ちゃんがつけたんです」
「そっかー…。大事にしてあげてねー?同じ“りゅう”でも取られたら困るからー」
「え?」
「んーにゃ、何でもないよ。ほら、寒いから早く連れて帰って拭いてあげなー」
「あ、はいっ!本当にありがとうございました!!りゅう、お兄ちゃん達にありがとうは?」
「わんっ」
「おー、りゅうはいい子だねー」
「それじゃあ、さようなら!」
「気をつけて帰んなねー」
「はーい!!」
少女と犬を見送った後、オレと春日は彼の家へと向かう。
「何を話していたんだ?」
「べっつにー?『りゅう可愛いね』って言ってただけ。アイツ、岩村に大分懐いてたねー」
「そうか?」
「オレのが先に構ってやってたのにー…岩村は岩村でりゅうに夢中だしー」
「…そう拗ねるな」
「別に拗ねてないけどー」
「そんな不満げな顔をしておいて何を言っているんだ」
「…岩村が構ってくれたら直るかもー」
「………はぁ」
きっと何を言ったところで聞かないのだ。
オレ恋人は。
分かっていて毎回折れるオレも大概恋人には甘い。
持っていた傘を右手に持ち直し、空いた左手を春日の右手に絡める。
「…これでいいか?」
「んー…30点かな」
「……。」
「家に着いたらもっと構ってよね。そしたら100点にしてあげるー」
「……わかっている」
「えへへー…わんっ」
さて…
オレの“りゅう”は部屋に入ったらどうしてくれようか。
春日の家まであと数十メートル。
◆◆◆
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