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「……さて、日下部女史。先程はいったいどういうことだろうか?」
才都中央病院の待合室にて、椅子に腰をかけた上風は隣の車椅子に座す日下部に声をかける。上風自身こう日下部と少し話しをしていて感じたのは彼女の聡明さだった。自分より年上でなおかつそれ以上に大人びた印象を持つ相手のある種こどもみたいな先程の行動。釣り合わないのである。
「どういうこととはなんですか?」
さすれば何かあると考えるのが常道であろう。そう思い切り出してみたが相手の反応は芳しくない。
「小生は君の事を守るといった言葉に詐りは無いけどだからこそさっきの君が何に恐怖していたのかを知りたい」
「恐怖など……」
「嘘はやめて欲しいな。そんなに小生は信頼ならないかい?」
卑怯な言い方だけど日下部女史にそう言う。日下部女史は小生の目を見るとしばらく見つめあう。そんなに見つめられると照れるのだけれど……
「どうして」
「ん?」
「どうして私にそんな気をかけてくれるんですか?」
どうして?そういわれると少し困るな。少しかっこでもつけてみようか。
「困っている人を助けるのに理由は必要かい?……なんて少し臭いかな」
「それと……君が悲しそうな顔をしていたからね」
照れ隠しも含めて少し笑ってそう言うと日下部女史は顔を背ける。
「からかうのはやめてください」
「からかってなどいないのだけれどね」
どうやら日下部女史も少し元気になったようだ。心なしか顔色も幾分かよくなっている。だから病院の中を観察する余裕が出来た。避難指示が出ているため平時の病院よりも騒がしいのは容易に想像がつくがそれでもこの騒がしさ、そして僅かに感じる胸騒ぎ……なんだ?
そう考え耳を澄ます、目を凝らす。幸運にも自分は目のよさ、耳のよさには自信がある。これも幼いころからやっている剣道のお蔭だろう。
まず雑音を排除して病院のスタッフだろう人達を探す。彼らは慌ただしく走り回ってる。暴動の犠牲者がたくさんいるのだろうか?でも周りを見回しても怪我をした人はいない。暴動があったなら軽傷者がロビーにいるはずだ。でもそんな人は見あたらない。おかしい。なにかが噛み合わない。
重傷者が運び込まれているのはわかる。でもそんな重傷者が出る規模だ。その何倍か怪我人がいるはずだ。これが疑問点1だ。
「おかしいです」
日下部女史がぽつりと呟いた。それを聞き逃さず小生は日下部女史に話を振る。
「何がおかしいのかい?」
「この重傷者の数を考えたら……血液パック、輸血の話が出てもおかしいはず。それなのに」
そこまで言って日下部女史は言葉を止める。いったいどうしたというのだ。
「……細菌兵器?」
背筋に冷たい物が走った。
細菌兵器とは人体に有害なウィルスや病原体をばらまきそれらによる無差別な虐殺や閉鎖空間での使用によってワクチンを盾に人質として発症者を利用し交渉の手段とする為に用いられる。今回の場合だと後者の方だろう。
だとしたら不味い。一刻も早く移動するべきだ。幸い周りでこの結論に至ってる者はいない。
日下部女史にだけでも話をしようか、そう考えたこのタイミングで三人の人間が走り込んできた。