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 警報が鳴り響いてから元々対応に追われていた病院内はさらに混雑の体をなそうとしていた。そんななか白昼夢のごとく幻視したおぞましい風景から逃れるために私は病院に向かう人混みのなかを逆らうように動きづらい車椅子を必死に動かす。

「なにやってるんですか、日下部さん!!」

 避難誘導をしていた病院の職員に声を掛けられる。彼女は私のもとまでやって来ると車椅子の押手を掴む。

「ほら、戻りますよ」
「ま、待って。今戻っちゃダメです。化物が、みんな、血だらけで」

 私は必死に伝えようとしますが口が震えて上手く喋ることができない。

「馬鹿な事言ってないで病院に戻りましょう。そんなに震えて、寒いんでしょ」

 寒くなんてないと言おうとしたが寒いのは事実である。12月の夜に寒くないわけなんてない。

「イヤァ、戻らない戻りたくありません」

 気付けばそう叫んでいた。しまったと思い彼女の顔色を覗く。怒ってはいないように見えるがさすがの病院勤務なのか隠しているのだろう。車椅子の押手に力がこもっている。

「ハイハイ、戻りますよ」
「声が聞こえたと思ったらこれはどういう状況?誘拐かな」

 声が聞こえた方を見ると黒髪で長髪の女の子が仁王立ちという感じで立っていた。歳は若く高校生くらいといったところだろう。空色パーカーに薄茶の短パンと動きやすそうな格好だ。その顔には苦笑のようなものが浮かんでいる。

「ふざけている暇なんかありません。戻りますよ、日下部さん。あなたも早く避難所の方へ」

 職員の彼女が女の子にそう言うと女の子はうーんと唸った後私に声をかけてくる。

「さっきの悲鳴は君かい?」

 そう聞いてきた女の子に私は頷き返す。女の子はまじまじと私の目を見てくる。

「なっなに」
「いや、なんでもないさ。さっ案内ですしてくれ」

 女の子は職員にそう言う。職員は少しポカンとした顔を浮かべたがすぐに案内すると車椅子を押しだした。私は抵抗しようとするも女の子に腕を掴まれる。腕力には自信があったが女の子は思いの外力強く振りほどけない。

「……案ずるな。何が不安か知らないが君の事は小生が守る」

 そう言った女の子は私を安心させるように微笑んだ。

「小生は上風社。君は?」
「……日下部奈緒です」

 一抹の不安を残しつつ私は上風さんにそれを隠して微笑み返した。
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