short story
□汚い部屋
1ページ/2ページ
「もう別れる」
アタシは心の中でいつも思っていた言葉をとうとう口にした。
タカシは一瞬目を見開いて「どうして」と言った。
「だってタカシがアタシのこと好きかどうかわからないもん。アタシばっかタカシのこと好きで、もう辛い」
昨日寝る前に一生懸命練習したのに、いざタカシを目の前にするとやっぱり涙がでた。
同じ会社に入ってアタシが一目ぼれして、告白もデートもメールも電話もアタシから。
タカシからしてくることなんてなくて、抱きつくのも手をつなぐのもアタシから。
最初はそれでもいいなんて思っていたけれど、1年経って、アタシはタカシから何かをしてもらったことなんてないことに気付いた。
友達の彼氏を見ていたらメールも電話も告白も全部全部彼氏から。
友達はアタシ達を見て、「大変だねぇ」なんて苦笑いしてる。
「俺が、お前のこと好きだって伝わってないってこと?」
「そうだよ。メールも電話もデートも抱きつくのも全部ぜーーんぶアタシからじゃん」
「そうだっけ?」
「そうだよ!!告白したのもアタシからじゃん!」
タカシ、アタシからしてるってことすら気づいてなかったの?
もう駄目じゃん。いくらアタシが好きでも駄目だよね。
こんなの。
「だからもう別れるね。ばいばい」
アタシは涙を拭きながら立ち上がる。
この汚いタカシの部屋に来るのも、今日で終わりか。
初めて来たときは嬉しかったのに、なんだろう。たった2カ月でさ。
玄関のドアノブに手をかけると、一気に涙があふれた。
アタシの右手には、タカシの手が力強く握られていたからだ。
「待てって。ちゃんと話そう」
「話すって何を話すのよ」
「俺がお前と別れたくないって話と、俺が今からプロポーズしようとしてたって話、どっちがいい?」
そう言ってタカシはズボンのポケットから、小さな箱が取り出してアタシの手にキラリと輝く指輪をはめた。
「俺はさ、お前が言うように引っ張っていくタイプじゃないけど、お前が立ち止りたくなったり、辛くなったときにはちゃんと支えていくし、守っていくからさ。大事なときにはちゃんと俺が引っ張っていくから、今まで通りお前は俺の前で笑っててよ」
アタシはさっきよりも涙を流して何度もうなずき、タカシの胸に勢いよく飛び込んだ。
さっきまでのアタシの悩みはなんだったんだろう。
でもね、いいんだ。
初めてタカシが、アタシのために動いてくれたから。
それだけでアタシ、ずっとタカシのそばにいられるよ。
タカシは「よかったー」なんて言いながらアタシをさらに強く抱きしめた。
この汚い部屋にもまた来れるな、なんて思うと
アタシはまた涙があふれた。