Gift

□お馬鹿の片思い
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「お前、ばっかじゃねぇ〜の!!」


 そう、放課後の教室で小さくなって座っている、顔立ちの良い青年に向かって大声を上げたのは頭脳明晰で有名な村内 直人だ。


「だって、分からなかったんだ。・・・その、2桁の引き算が・・・・・・アハ・・・アハハ。」


 怒鳴り散らしている直人を直視しないように顔を背けて、がちがちに緊張して言い訳をしているのが、学校で有名な、お馬鹿で、グズで、マヌケでおまけにドジの四拍子が揃った藤澤 学である。


 彼が唯一、人に自慢できる事があるとするなら、それは普通より綺麗過ぎる顔立ちぐらいだろうか。


 すーっと通った鼻筋に大きく見開かれた小麦色の目、さらさらの髪。


 下手をすると、彼は学校内の女子生徒よりも綺麗な顔をしていた。


 しかし、どんなに綺麗な顔立ちをしていても彼は学校中の人間から馬鹿にされテストのたびに冷やかされていた。


 学が引き攣った笑顔で自身の席の前に立って憤怒している直人をちらっと見ると、直人は手に持っていた彼のテストの答案用紙を彼に見せて点数の書かれた箇所を指で示す。


「笑い事じゃねぇ!!引き算だけのミスでな、こんな点数になるかよ!!だいたい、高2にもなって引き算がぁとか泣き言、言ってんじゃねぇよ!!何だよ、この19点ていう数字わ!!」


「でも、19点は最高得点だよ。・・・その、この間は4点だったし、その前は6点、1番最低は・・・。」


 怒鳴り付けられるたびに学は体をびくびく震わせる。


 しかし、彼は怒鳴られながらも言い訳を続けた。


 彼が、もじもじしながら最低点を言おうとすると直人が彼の机をばんっと思い切り叩いて、それ以上、何も言わせないように制した。


「俺が言いたいのは、点数がどうこうじゃねぇ。・・・お前、俺が教えてやったのに全然、理解してねぇじゃん!!」


「ごめん、村内君。」


「謝ったって点数は変わんねぇの!!・・・・・・はぁ〜、今日から、また藤澤は早朝と放火後、俺と一緒に勉強な。」


 怒鳴り続ける直人を収める意味も込めて学は申し訳なく謝ったが逆効果だったらしく直人は更に怒鳴り声を上げた。


 そのあまりにも大きい怒鳴り声は、誰も居ない校舎の端から端まで響いているに違いない。


 再び怒鳴られた学は、しょぼんと首を前に項垂れる。


 そんな学の姿を見て罪悪感に駆られたのか、直人は深々と溜め息を吐くと、先程とは打って変わって優しい声音で言葉を紡いだ。


 彼の勉強を見るというお誘いの言葉を聞いた学は、びくっと体を震わせる。


「いっ、一緒に勉強!?」


 勢いよく顔を上げ、学は驚きの声を上げる。


 実は、このお馬鹿な青年は入学式で弔辞を読む直人を見て以来、彼に恋心を抱いていた。


 だから、今年、同じクラスになって初めてのテストで悪い点を取って以来、担任の先生の命令で彼に勉強を教わる事は学に取って神に感謝するくらい嬉しい事だった。


 始めのうちは・・・・・・。


 しかし、いざ彼に勉強を教わってみると学は彼に勉強を教わる事を後悔した。


 彼の教え方が悪いわけでもスパルタというわけでもない。否、寧ろ彼の教え方は今まで学が教わった教師の中でもずば抜けて分かり易かった。


 馬鹿で、グズで、マヌケの学が思うのだから間違いない。


 では、何が問題なのか。それは学が直人に恋している事だ。


 早朝、放課後と誰も居ない教室で勉強を教えてもらっているのだが、学は勉強よりも近くで自分の為だけに勉強を教えてくれている直人を意識してしまって、全く勉強が頭の中に入ってこないのだ。


 その結果が、テストにも反映されるわけで・・・。


 また悪い点を取るのは目に見えていると思うと学は暗い表情になる。


「何、お前、嫌なの?」


 学の暗い表情が気に食わない直人は、不機嫌そうな表情を浮かべて訊く。


「えっ、嫌じゃ・・・ないけど・・・。・・・宜しく、お願いします。」


 普段は人気者の直人を独り占め出来るのは、この時間だけだという事を知ってる学は少しでも彼と一緒に居たくて、彼にまた失望されると分かっていながらも頭を下げてしまう。


 学が頭を下げると直人は満足そうに頷いて学の前の席の椅子を彼の席の方に向けて腰を下ろし答案用紙を彼に返した。


「じゃぁ、さっそく勉強な。まずは数Uから。」


 そう言って、直人は人差し指で学の机を叩くと彼に教材を出すよう促す。


 直人に教材を出すように急かされた学は慌てて机の横に掛けていた藍色のスクールバックから教材を取り出してノートを広げた。


 すると直人は教科書に手をやるとテストの間違い修正をするべく範囲のページを捲る。


 そんな何でもない仕種が学には愛しくてたまらなかった。


 おまけに夕日に照らされる彼の姿が、いつもよりも更にかっこよく見えた学は、頬を赤く染めて見入ってしまっていた。


「おい、藤澤。聴いてるか?」


「なっ、何?」


「何、じゃねぇよ。良いか、俺はお前の為に残って教えて・・・。どうした?顔が赤いぞ。」


「えっ!?ゆっ、夕日のせいじゃないかな。」


 話を聴かずに惚けている学に喝を入れた直人は彼の顔が赤い事に気付き心配そうに訊いてくる。


 顔色の事を言われた学は、声が裏返り忙しなく視線を泳がすと答えた。


 しかし、直人は納得せず身を乗り出すと額を学の額へと当てた。


 直人の顔が自分の視界を覆った事に始め、学は何が起きたのか分からなかった。状況を把握しようと彼は視線を前後左右に動かす。


 が、分かるのは愛しい直人の閉じられた目がある事だけ・・・・・・。


「やっぱ、熱いぞ。熱でもあんじゃねぇ?」


 額を当てたまま、ゆっくり目を開けて直人が心配するように言葉を放つと、漸く状況を判断できた学は目を見開いて彼の目を見る。


「うわっ!!」


 直人の顔が近い事に学は顔を更に真っ赤にして短い悲鳴を上げると椅子から勢いよく立ち上がり彼から離れた。


 しかし、ドジな彼は直人から離れる際に椅子の足に自身の足を引っ掛けてしまい後ろ向きに倒れ、その拍子に後ろにあった机の角で頭を強打してしまった。


 学が、じんじん痛む後頭部を擦りながら起き上がると直人の笑い声が聞こえる。


「藤澤って、本当にドジなのな。」


 椅子に座ったまま笑う直人に学は苦笑いをするしかなかった。


 しかし、出来る事なら今この場所から逃げ出したいと切に願った。自分の恥ずかしい所をよりにもよって慕っている直人に見られてしまったからだ。


 恥ずかしさに学が顔を下に向けていると後頭部を擦られた。


「なっ、何?」


 行き成りの事に学は驚きの表情を隠せない。


 そんな彼に直人は優しく微笑んで見せると口を開く。


「痛い所って人に撫でてもらうと気が紛れるだろ。・・・痛いの、痛いの飛んでけぇ、何てな。」


「俺、子供じゃないよ。・・・・・・でも、ありがと。」


 からかうように言う直人に学は、いじけたように言って反抗したが、本当に痛かったのが消えた気がして彼は小さく彼にお礼を言った。


 学がお礼を言った後も直人は彼の頭を優しく撫で続ける。


 その行為は、学にとって天にも昇るくらい嬉しい事なのだが、これ以上されると変な勘違いを起こしそうで怖かった。


 直人も自分の事が好き。


 そんな期待が彼の脳裏を駆け巡る。


 だって、こんなにも自分を撫でる手は優しいのだから・・・。


 今なら言える気がすると思った学は勇気を出して彼に告白しようと口を開いた。


「あのさ、村内君・・・・・・。」


「おっ、村内じゃん!!何、お前、またお馬鹿な藤澤の面倒を見てるわけ?止めとけよ、そいつにいくら教えても無駄だって。」


 意を決して学が告白をしようと思ったが、その言葉が彼の口から出る事はなかった。


 同じクラスの佐伯が入って来たからだ。


 佐伯は入ってくるなり直人の姿を見つけ声を掛けると隣に居た学の存在に気付き呆れたように言葉を続けた。


 彼の言葉を聞いた学は自分の立場を改めて理解した。


 自分は学校一のお馬鹿で、グズで、ドジでマヌケの存在だという事を・・・・・・。


 そんな学を学校一、頭が良くて全国模試もトップに入るような直人が好きになってくれるわけがない。


 おまけに彼は男で学自身も男・・・・・・。


 一瞬でも告白しようと思った自分を恥じた学は、あまりの恥ずかしさに目に涙を浮かべて立ち上がると、立っている佐伯を素通りして走って教室を後にした。


「おいっ、藤澤!!」


 教室の方から愛しくて堪らない直人の自分を呼ぶ声が聞こえたが、学はそれを無視して転倒しないように注意して走った。


 後ろを振り返らず、彼は上に向かって走った。


 走りながら彼は、自分が居なくなった教室で直人が佐伯に自分の愚痴を溢している場面を想像していた。


 こういう時に連想するのは、いつも最悪な事ばかり・・・。


 きっと、直人もいくら教えても結果を出せない自分に失望しているに違いない。そして、教室に帰ったら何の前触れもなく勉強を教えないと言われる。


 と、学は思った。


 そうなったら、もう学が直人と一緒に居る事なんて出来なかった。


 お馬鹿な学と秀才の直人が共通して話す話題など一つもなく、ましてや彼と学は、普段の学校生活ではグループが違う為、特別な事がない限り話す事など皆無だった。


 また、遠くから彼を見詰めるだけの生活に戻る。


 考えただけで学の目に更に涙が溢れる。


 教室を出て学が向かった先は、肌寒い風が引っ切り無しに吹いている屋上だった。


 屋上のドアを静かに開け閉めした学は、もしかしたら誰かが来るかもしれないと思った彼はドアがある壁の反対側に座り込んで声を出さないように泣いた。


「うっ・・・ふっ・・・。うぅー。」


 時折、口から漏れる嗚咽を必死に堪え泣いていると屋上のドアが開く音がした。


 驚いた学は、びくっと体を震わせる。


 ことん、ことんと足音がする。


 どうやら何かを探しているようだ。


 もしかして直人ではと、学は期待に胸を躍らせ伏せていた顔を上げるが、そんな筈はないと再び顔を伏せて屋上に来た人物が出て行くのを静かに待った。


 案の定、その人物は探し物を見付け屋上を後にした。


 逃げ出した自分をもしかしたら探しに来てくれるのではないかと学は淡い期待を抱いていたが、現実はそんなに甘くないと実感するだけに終わった・・・・・・。


 一生、叶う事のない片思いだという事を確信した学の目からは絶え間なく涙が溢れた。


「うっ・・・・・・。好きなのに・・・。」


「何が?」


 思いが溢れて口に出した言葉に疑問の言葉が返ってくる。


 その声は、学が先程、叶う事のない片思いだと思った直人その人だった。


 驚いた学は涙を拭く事無く顔を上げて確認する。先程から会いたいと思っていた学の幻聴だと思ったからだ。


 涙で視界はぼやけているが、確かに目の前に居るのは直人本人だった。
 
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