短編集

□本音
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「また、こない…。」


 白を基調にした部屋で智は一人、机の上でバイブも着信のある事を知らせる光も発しない携帯を見ながら呟いた。

 30分前、彼氏の雅士に送ったメールの返事がこないのだ。

 いつもメールを先に送ってくるのは雅士の方だというのに止めるのも彼。智は、メールの返事が直ぐにこないと落ち着かない為、毎回、イライラしていた。

(また、放置かよ!!…でも、催促するのも変だよな。でも、落ち着かない…。)

 イライラしつつも智は机に着いて携帯を弄るだけで雅士にメールを送る事はない。

 しかし頭の中は、メールがこない事への不満ばかりで他の事が手に付かなかった。

「暇じゃないならメール送ってくんなよ……。」

 舌打ちして携帯の電源を切った智は、机に携帯を置いたままベッドに向かうと倒れるように寝そべった。

 携帯の電源を切ったのは智なりの雅士に対する抗議の表れだった。勿論、それで彼に伝わるとは智自身、思ってはいない。

 こんなので分かってもらえるなら、どれほど彼と付き合うのが楽な事だろう。

 そんな言葉が智の脳裏を過った。

 誰もいない部屋で、時計の音を聞きながら智は目を閉じた。



 それから暫く眠っていた彼は、ドアの開く音で目を覚ました。

「んあ?……雅士?」

 部屋の合鍵を持っているのは雅士だけだ。その為、智は眠り眼を擦りながら起き上がると彼の名を口にした。

「お前さぁ、人がデートに誘ってんのになんで途中で返事を返さねぇの?」

 智が起きたのを確認した雅士は、あからさまに不機嫌な表情を浮かべて文句を言った。

 いつもなら、こんな彼の態度もいつもの事だと本音も言わずに只、謝るだけで済ますのだが寝起きのせいか感情が高ぶり智はベッドの上に座ったまま彼を睨み付けていた。

「雅士は、いつもだろ!俺がデートに誘ったって返事を返さない事だってあるし、来たと思えば断るし。ドタキャンも当たり前、その時のメールも待ち合わせから4時間も後!!それも俺がメールを入れなかったら送るつもりもなかったんだろ!?普段のメールだって自分から送っといて直ぐ放置するし、それで、お前に俺を責める資格があるのか?俺が、不快に思ってないとでも思ったのかよ!!どうせ、許してくれるだろうって?巫山戯るのも大概にしろよ!!」

 一言で済ますつもりが、箍が外れたように智の口からは、今までの鬱憤が漏れた。

 本当は、こんな事を言うつもりなど微塵もなかった彼だったが、雅士の態度があまりに横暴で自分は雅士の行動に我慢し続けているのに雅士が自分の行動に対して怒るのは、不平等で許せなかった。

 マシンガンのように不満の言葉を浴びせられた雅士は、智の言葉が正当すぎて何も言い返せず、只、真っ直ぐに彼を見詰めていた。

 言い終えた智は、乱れた呼吸を整えた。今まで、こんな風に雅士に不満をそれもまくし立てるように言った事などなかった為、息が上がったからだ。

 その間、彼は雅士の顔を見る事はなく膝を抱えて座ったまま俯いていた。

 どういう表情をして雅士を見れば良いのか分からなかったからだ。

 暫く2人の間に沈黙が生まれる。

 壁に掛かっている時計の音と彼等の息遣いだけが静かに部屋に響く。

「お前、いつも、俺に腹立ててたのか?」

 低くて心地の良い雅士の声が沈黙を破る。反省と後悔の念からか彼の言葉は溜め息混じりだ。

「だいたいは。でも、俺、雅士のこと好きだから責めて嫌われるの怖かったからさ。俺が我慢すれば良いのかと思ったけど……。
それも、もう限界だったんだ。なんか、俺だけがお前を好きでお前は、俺のことなんて、ただ気の合う友達の一人ぐらいにしか思ってないのかと思ったしさ。」

 雅士と目を合わせる事なく智は、ぽつりぽつりと言葉を紡いだ。今にも泣き出してしまいそうな彼の声音に雅士は短く息を吐くと、ベッドの端に腰を下ろし彼の頭を撫でた。

 その行為に智は安堵して、止めどなく涙が流れた。

「悪かった。智が、そんな風に思ってたなんて知らなくて。
少し、お前に甘え過ぎてた。智は、何も言わなくても俺の事を分かってくれてるから少し度が過ぎても許してくれるだろうって思うところもあったし。やっぱ、怒るよな。
これからは気を付ける。」

「うん……。」

 引き寄せられるように智を抱き締め謝罪の言葉を紡いだ雅士は、彼を包むように抱いた。

 それに安心した智は、小さく頷くと彼の背中に腕を回し彼の優しい腕を満喫した。

 堪りに堪った鬱憤も解消されて、雅士との仲にも亀裂が入る事なく智は満足し、いつも以上に幸せな気分だった。

 これで愛を囁いてくれたら、もっと幸せなのだがと智は欲を出すが、そんなに現実は甘くないと諦めた。

「智。」

 ふと、名前を呼ばれ智は“何?”と呟き雅士を仰ぎ見る。

「さっき、お前、俺が智を友達の一人と思ってるって言ったけどな。俺は、ちゃんとお前を特別に思ってるからな。」

「えっ?」

「だから、お前が何を言ったって俺が嫌いになる事はないって事さ。甘えてるのもなお前が特別だからだ。
時に言い合いするのも良いと俺は思う。それだけ仲が良くなったと俺は思える。」

「雅士……。」

 雅士の言葉が嬉しくて智は、ぎゅっと彼を抱き締めた。

“特別”

 その言葉が嬉しくて智は幸せな気持ちが更に多くなった。

 滅多に“好き”とか“愛してる”という言葉を言わない雅士が“特別”という言葉を紡ぐのは、その言葉どおり特別で……。

 その言葉が聞けただけでも思った事を言って良かったと智は思った。
 

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