CAIN

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 月明かりの照らす表に出た亨の目に映ったのは再起不能なまでにボコボコにされた部下と部下の血で紅く染まりつつある哲史の姿だった。

(白鷺…哲史。白獅子と裏の人間は言っていた…かな。)

 コツコツと哲史の元に近付きながら亨は少ない情報を思い出す。

 哲史は警察に勤めている為に裏家業の情報は極めて少ない。というより、ないと言っても過言ではない。

 ただ、裏社会に精通している者が口々に言うのは、

『白獅子』


 という異名だった。

 その由来は彼の髪の色と獅子のように狂暴なところがあるからだとか。

 今、亨が見ているのが、その一面だろう。

 呻き声を上げピクピクと痙攣を起こしている部下の一人を詰まらなそうに足先で蹴っていた哲史は、近付いて来る亨に気付き視線を移す。

 彼を見た哲史は不気味な笑みを浮かべ、彼の方を向く。

 哲史の表情に亨は、ゾクッと背筋に悪寒が走る。

 今まで数多くの修羅場を潜り抜けてきた亨だったが、哲史には今までにない底知れぬ恐怖を感じた。

「あんたが亨?」

 普段の哲史からは窺えない流暢な日本語。

 しかし、亨は普段の彼を知らないが故に何とも思わない。

 亨は、ただニコリと微笑んで頷いた。

「君は哲史だね。約束の時間には早いんじゃない?」

「別に構わないだろ?パソコンと俺が来たんだ、あんたはそれで満足な筈だ。」

「まぁね。……ところで、私の部下達を随分と可愛がってくれたね。」

「売られた喧嘩は買う。それが神龍組の仁義だ。だからヤッた。あんたにも償いはしてもらう。」

「それは……無理だよ。君は…死ぬんだから…ね。」

 銀色に輝く銃が哲史に向けられる。それでも彼は怯える事も逃げ出す事もなく、ただ銃口を静かに見詰めた。

 パンパン

 と短い銃声音が響き、男の短い悲鳴が辺りに木霊する。

 男は、その場に倒れ、

「な……ぜ?」

 と疑問の色をその表情(かお)に注いでいた。

 その場に崩れ落ちる亨を見詰めながら哲史は、彼の鳩尾に入った拳を下ろすと倉庫の中へと急いだ。


 暗い倉庫の中を走る彼の耳にガシャンガシャンと金属の掠れる音が入る。

 哲史は音のする方へ敵がいない事を確認しながら慎重に近付いた。

 そして、部屋のように仕切られた一角の中央で半狂乱になっている自分を見付け駆け寄る。

「全!!」

 名を呼ぶ哲史の事を理性を失っている自分は快楽を与えてくれる人間としか認識していなかった。

 その為、近付き鎖を近くにあった金棒で外してくれた哲史に、お礼もせず抱き締めるとキスを求めた。

 自分の行動に驚いた哲史は、さっと顔背けキスを拒む。そして着ていた血塗れのシャツを自分に掛けた。

 それでも自分は快楽への欲望を捨てきれなかった。否、捨てる事などできなかった。

 もう、抱かれる事しか頭になかったのだから……。

「抱いて……お願い…お願いします。」

 先端からは先走りが漏れ、後ろからは亨の出した大量の体液を流しながら自分は涙を浮かべ、それでいて何処か艶っぽく哲史を誘った。

 いや、自分には、目の前にいる人間が誰なのかさえ全く分からなかった。

「…全…。」

 哲史の目に涙が浮かぶ。しかし、自分には彼の涙の訳など考える余裕はなく、ただ矯声で彼を誘うばかり……。

 この時の自分は、本当に、どうしようもなく愚かだった。

 そんな自分を哲史は、ただ抱き締める。自分の肩は、彼の流す涙で濡れていった。

「全……全……。」

 今にも消え入りそうな哲史の声。それに何も言えない自分が、もどかしかった。

 不意に自分の体が、ビクッと震えた。

 今、聞きたくない声が聞こえたからだ。どんなに狂っていても乱れていても自分の体と魂は彼に反応してしまう。

「ぜ―ん―!!何処だぁ!!」

「あ……藍斗?」

 そう、彼の名を口にしたのは自分ではなく自分の肩に顔を埋めて泣いていた哲史だった。

 急いで涙を拭いた哲史は、自分を抱え声の方へ歩き出す。

 未だに呼び続ける藍斗の元に辿り着いた哲史。
 藍斗は、彼の腕に抱かれている自分を見て慌て案じ顔になる。

「ぜ……。」

「抱いて……。」

「!!」

 声を掛けた藍斗の言葉を遮り、自分は彼に嫣然と誘う。普段とは明らかに違う自分の態度と様子に彼は言葉を失い、哲史に目をやった。

「なんだよ……これ。何が、どうなってんだよ!!」

「薬……盛られた…と、思う。マフィアとか…よく……使う。」

 手込めにする時……。
 と、哲史は声に出そうとするのを必死に抑えた。

 それは藍斗に追い撃ちを掛けるという理由ではなく彼自身が認めたくなかったからだ。

 本当なら今、此処で藍斗を責め立て殴りたい気持ちで、いっぱいなのにそれをしないのは、寸のところで理性が働いているからだった。

「お前、此処まで何で来た?」

「車」

 という声の下から藍斗は手で鍵を寄越すよう催促し、受け取ると自分をも哲史から取り、その場を立ち去る。

 哀愁漂う彼の背中を見ながら哲史は、横取りしていくような藍斗に不満をぶつけたかったが、今の自分に必要なのは自身ではなく藍斗だろうと何も言わず、元来た道を戻り倉庫の外へと向かった。

 
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