CAIN
□05
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すると、何処に隠れていたのか黒尽くめの男達が自分を取り囲んだ。
驚きと不安にきょろきょろと彼等を見ると、一人の男の手に注射器が握られている。
反射的に逃げようと立ち上がった自分だったが、亨が手を捕み逃げる事を阻む。おかげで自分は再びソファーに座る事になった。
「どうしたんだい?これが欲しかったんだろう?」
「そう…ですけど……。」
「此処では打たれたく…ない?」
頷いた自分に亨は、にこりと微笑む。しかし目は笑っていない。
彼は自分の正体に疑いを持っているか或いは自分の正体に気付いている。
そう感じた自分は、焦りの色を隠せない。
相手はマフィアのボス。調べれば自分が女性でない事もどんな職業に就いているかも分かる筈。自分は、情報を本人から得るという浅はかな考えを起こした事に後悔の念を抱いた。
そんな事を思っている間にも注射器の針は自分の腕に向かって伸びてくる。
もう、ダメだ。
そう思った瞬間、部屋のドアが凄い音を立てて開き藍斗が勢い良く中に入ってきた。
「てめぇら、そいつに指一本でも触れたらただじゃおかねぇ!!」
「藍斗!!」
「おやおや、やっぱり仲間がいたんだね。如月……全…君。」
亨の言葉に目を見開き彼を見ずにはいられない。始めからバレていたのだ。自分が男である事も恐らく刑事である事も……何もかも。
自分達は彼を罠に掛けるつもりが逆に罠に掛けられていたのだ。
考えてみればパーティーの時も彼は何の警戒もなく自分に近付いてきた。もしかして、否、絶対にあの時から分かっていたのだ。
それを絶好の機会だと思うなんて……。
どうかしてる。
しかし、何を後悔しても後の祭り。
今は、此処をどう切り抜けるか。それを考えるしかない。
「君、藍斗だっけ?悪いけど、そこから動かないでね。動くと全君、殺しちゃうから。」
注射器の針を自分の腕に近付けてくる亨に藍斗は身動きが取れず、ギリっと唇を噛んだ。
自分は何とか逃げ出そうと体を捩ったりしてみるが効果はない。寧ろ、この状況から逃げ出す事、事態無理なのだろう。
このままでは自分だけではなく藍斗まで殺されてしまう。それだけは難としても避けたい自分は、彼を逃がす口実を必死に探した。
「良いねぇ。その悔しそうな顔。見てるとゾクゾクしてもっと悔しい表情を浮かべてほしくなる。
全君を返してほしかったら、神龍組の若頭と彼のパソコンを持ってこい。時間は、日付の変わる頃、場所はK市の第2倉庫。時間に遅れたり交換するもののどちらかが欠けても全君は死ぬから、そのつもりで。それから早目に来て俺達を一網打尽にするって考えも捨てた方が無難だよ。」
「てめぇ!!」
自分が口実を探し出す前に勝ち誇った表情で笑いながら亨は藍斗に交換条件を提示した。その事に藍斗は怒りを露にするが、為す術はない。
結局、自分は無理矢理、亨に抱え上げられ窓からヘリへと繋がるロープに乗りホテルを去る事になる。
「あっ、そうそう一つ言うのを忘れてたよ。俺、男色家なんだ。約束の時間まで全君は好きにさせてもらうよ。」
「なっ!!」
去り際にとんでもない事を言われた藍斗と自分は瞠目した。
藍斗以外の誰かに好きにされるのかと思うと自分は嫌悪感を抱き、死んでも構わないと亨の腕の中で足掻いた。しかし、強引にヘリの中に乗せられクロロホルムか何かで眠らされた。
ホテルに一人、残された藍斗は、ヘリの姿が小さくなるまで窓の外を見ていた。
「全……。チクショー!!」
「騒ぐな。」
窓ガラスを拳で割り吠える藍斗にいつの間に部屋に入ったのか淳が冷たく言い放った。
その言葉に逆上した藍斗は彼に殴り掛かる。しかし、それは難なく避けられ代わりに彼に思い切り殴られた。
そのあまりの衝撃に藍斗は、その場に座り込み口が切れたのか血を吹き出す。
「何を勘違いしてんのしらねぇが、此処は仕事場だ。お前の恋人が拐われたからって俺に当たられても困る。」
「俺は嫌な予感がしたんだ!!だから、止めろと言った!なのに!!」
「全を行かせて拐われた、と?…だから何だ?行くと決めたのは全だ。あいつも、こうなる事は予想はしてただろう。」
「てめぇ、言うのはそれだけかよ!!部下が拐われて屈辱まで味わされるって言うのに!!」
「悔しがって、お前みたいに取り乱せば満足か?俺は足手纏いだと言ったはずだ。それでも、お前達はついて来た。甘ったれるのもいい加減にしろ!!
分かったら支部に戻るぞ。」
不貞腐れ半狂乱に陥っている藍斗に、それ以上何を言ってもしかたがないと淳は溜め息を吐きホテルを出た。
藍斗もホテルに居ては何もできないと淳に続いてホテルを後にした。
取り調べを受けるべく新澤署の取調室に連れて来られた尋睹達だったが、5分もしない間に部屋から出された。
「高木さん、何で彼等を帰すんですか!!俺が調べた限りでは高橋は、偽名です!!もう一名も絶対に叩けば誇りが出ますよ!!」
充分に調べる事のできなかった真鍋は高木に噛み付いてみせるが、高木は首を横に振り彼の肩を軽く叩いた。
「残念だが上からの命令だ。」
「クソッ!!」
高木の言葉に真鍋は壁に己の拳を叩き付けた。
悔しそうにしている真鍋を横目に直哉は、にかにかと勝ち誇った表情をしている。
「だから、言うちょったろ?俺達を調べてもあんたが損するだけやがねて……。」
「てめぇ!!」
「直ぐ頭に血が昇るがね、あんた。そういうの刑事には向いとらんのじゃなかね。」
真鍋の怒りを買う事ばかりを言った直哉は、にこにこ笑って尋睹と共に新澤署を後にした。
署を出て駐輪場へ来た尋睹は直哉に不思議そうな目を向ける。
「何で、直ぐに帰って良い何て言われたんだぁ?俺、絶対、留置所に入れられるど思っどった。」
「俺が澪に連絡入れといたからがね。
まぁ、八坂も死んで此処での犯人の手掛かりも消えた以上、お前も支部に帰って来ればえぇがね。」
「う……うん。」
ヘルメットを渡す直哉から、それを受け取った尋睹は何やら腑に落ちない表情を浮かべる。
そんな彼の表情が気になって直哉が尋ねようとすると尋睹の携帯が鳴る。
それは淳からの全が捕まったという報告と交換条件の内容だった。
話を聴いた尋睹の手から携帯が滑り落ちる。
「どげんした?」
「全がマフィアに捕まったって……。哲史のパソコンがないと殺すって…。」
尋睹の言葉に被ろうとしたヘルメットを脱ぎ直哉は目を見開く。
「なっ!?……けど、哲史のパソコンは向こうに押収されちゅう話やったじゃなかか。」
「多分、それは勘違いで、まだ新澤署の何処かにあるんだぁ。」
「にしても何処にあるがか。いや、その前に何処にあるか分かっても、もう潜入できねぇがね!!」
「おい。」
焦りを隠せない尋睹と直哉にいつから居たのか真鍋が声を掛ける。
予想だにしない展開に動揺したとはいえ、哲史だの潜入だのと言って言い逃れのできない事ばかり口走ってしまった。これで彼に追求されたら黙秘する意外、対処は残されていない。
慌てた彼等はヘルメットを着用し、その場から逃げ出そうとする。
すると、
「ちょっと待て!哲史って、白鷺の事か?」
と呼び止められ2人は互いの顔を見合せ頷いた。
「お前達、白鷺のパソコンを探してるのか。………知ってるぞ、あいつのパソコンのある所。」
「何処にあるがか!?」
直哉は被ったヘルメットを脱いで訊いた。
「教えてやっても良いが、その前にお前達が何者かを教えてもらおうか。」
「聞いてどうするがね。」
「さぁな。ただ気になってしかたがない。……じゃ、ダメか?」
「お前の知りたい気持ちを潰すようで悪いがね、俺達の存在は機密事項だけんねぇ。……まぁ、秘密だの機密だのいうのは皆、知っちょるようなもんがね。」
「機密事項……な。まぁ、良いだろう。こっちだ。」
直哉の答えに些か不満な表情を見せた真鍋だったが、それ以上は訊かず彼等をパソコンの在処へと誘う。
真鍋の後ろを歩きながら直哉達は不信感を抱いた。
先程まで疑いの目で見詰め執拗に監視していた彼が行き成り親切心を露にし中に案内するのだ。彼等が、不信感を抱くは必然。
まさか自身達も捕まるのではないかと思った直哉は尋睹に自身の付けていた十字架のピアスを差し出す。
「?」
差し出されるピアスを受け取った尋睹は、それに何の意味があるのか分からず首を傾げる。
「簡易な発信器がね。いらんなら付けんでもえぇけどね。
ただ、捕まった時は知らんがよ。」
「でも……穴が……。」
付けようにも元々ピアスを付けていない尋睹は、おろおろする。
あまりに落ち着きがない為、真鍋に感付かれては困ると直哉は尋睹とトイレに行くと彼に伝えた。
トイレに入った直哉はポケットからソーイングセットを出すと針を出しライターで焙る。そして針を凝視する尋睹に近付くと左耳に針を刺した。
チクッとした痛みはあったものの直哉は手慣れているのか血は然程、出ずあっさり作業は終わった。
「痛むがか?」
「あんまり。」
尋ねる直哉に首を振って答えた尋睹は鏡に映る自身のピアスを見た。
下ろし立てなのか輝く十字架に尋睹は少し嬉しそうな表情を浮かべる。
それから、彼等は再び真鍋と合流した。
その時、真鍋は尋睹のピアスを見て疑問の目色を浮かべるが、それに対する質問はなかった。何を言われるかと、びくびくしていた尋睹達は、ほっと安堵の息を静かに吐いた。