CAIN

□04
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 開催者からメモを受け取ると、渡された鞄に白い物を詰め部屋を出た。

 ホールに戻ると、オークションは終了したらしく招待客は、ぞろぞろとホールから出て行っていた。手にはボストンバックを携えて……。

 尋睹は早く支部に連絡を取ろうと思ったが、此処は敵の目も光っている為、諦めて怪しまれないように足速にホテルを出る事にした。

 鞄を持って仮の家に着くと、尋睹は盗聴器が仕掛けられていないかを調べ、ない事を確認すると支部に連絡を入れた。

「…………。」

「なんや、尋睹かいな。どないしてん?」

「おい!勝手に電話に出るな言うちょろうが!!」

 電話に出たのは蒔琅だったが、近くに直哉がいたらしく彼に文句を言うと受話器を奪う音がした。

 電話の対応の主が直哉になった事に尋睹は胸が苦しくなった。

 そして、つい黙り告ってしまう。

「お前、報告する為に掛けたんじゃながとね。黙ってるなら切るがぁ。」

「報告……。ホテルで白い粉を受け取った。調べてくんねぇが。」

「分かった。物は明日、D駅のコインロッカーに10時までに入れとくがよかね。じゃぁな。あっ、それから物の写メ送るがよ。」

 殆ど一方的に電話を切られた尋睹は、ツーツーという音を聞きながら暫く放心状態だった。

 ふと、我に返った尋睹は急いで今日、預かった物の写メを送った。あまり待たせると、直哉が怒るからだ。

 翌朝、目を覚ました尋睹は直哉に言われた通りに駅へ持って行こうと着替えていると、インターホンが鳴った。

 慌てて着替えを終わらせた尋睹は玄関に駆け寄る。

「はーい。」

「こんにちは、クリーニングの者ですが……。」

 クリーニングを頼んだ覚えはないが、声の主に尋睹は覚えがあった。

 標準語を話してはいるが、この声は確実に蒔琅だった。

 ゆっくり、ドアを開けるとクリーニング屋の制服に身を包んだ蒔琅が、にこにこしながら立っていた。

 薬物かもしれない物を持って帰るというのに緊張感がまるでない彼に尋睹は呆れもしたが、それ以上に感心した。

「蒔琅さん。」

「あー、荷物を詰めさせてもらうんで中に入れてもらえますか?」

 蒔琅の緊張感のなさに安心した尋睹は思わず顔を綻ばせていると、蒔琅が顔を引き攣らせて頼む。

 彼の標準語も、そろそろ限界のようだ。

 尋睹は蒔琅の引き攣った表情が面白く、くすっと笑うと何も言わずに中に入るようジェスチャーした。

 蒔琅は玄関に入るなり深呼吸をして気分を落ち着かせていた。

「いやぁー、標準語なんて久しぶりやから緊張するわ〜。あっ、尋睹、俺とお前は初対面やで、蒔琅さんなんて呼んだら知人ちゅうんがばれるやん!」

「あっ、ごめん。蒔琅さんに、あまりにも緊張感がながったがらつい。」

 苦笑いしながら言う蒔琅に尋睹は微笑みながら答えた。

 すると、蒔琅の表情が仕事をする顔に変わった。

「で、昨日、言っとったやつを此処に入れたって。そっちの鞄には米粉の入った袋を入れるさかい。」

 蒔琅は、靴を脱いで居間に入ると寛いだように座り込み持っていたクリーニングのロゴの入った、淡いピンクのカバンの口を広げて中から昨日、尋睹が預かった物と、そっくりの物を取り出し始めた。

 尋睹も蒔琅の前に座って、預かった物を鞄から取り出して蒔琅の持ってきたカバンに詰め直した。

 全てを詰め直した2人は一息ついてお茶を飲んだ。

「ふぅ〜、やっと終わったわぁ〜。尋睹、お前、どれだけ預かってきてんねん。」

「頼まれたからしかたがなかぁ〜。それより、もし、これが薬なら、このメモに書いてある所に行ってくんねぇが?」

 不満を漏らす蒔琅を諌めて、尋睹は昨日、貰ったメモの写しを渡し彼に頼んだ。

 蒔琅は、尋睹からメモを受け取ると立ち上がり自身の持って来たカバンを持って玄関に向かった。

「では、確かに頂きました。お茶ごちそうさまでした。」

「お疲れ様です。」

 一礼して蒔琅は去って行った。


 尋睹から預かった物を何処から調達したのか白のクリーニング車に乗せた蒔琅は走り出す。

 そして周りに注意しながら尋睹の仮住まいから遠く離れた所にある廃れた工場の中に車を停めると車のロゴを剥がし、色も白から黒に変えた。

 作業を終えた蒔琅は車に乗り支部へと車を走らせる。

 支部までは約15分の道のり。蒔琅は周りに気を配りながら走った。

 怪しい車はない。付けられている様子もない。蒔琅は何もないうちに帰るべく車を飛ばした。

 勿論、淳程の速度ではなく車の流れに乗った交通規則を守った速度だ。

 支部に戻った蒔琅は階段を駆け上がり会議室の扉を開けた。

「尋睹から預かってきたでぇ。」

 扉を開けるなり、蒔琅はカバンを掲げて言った。すると彼の言葉を聞いた不満そうな表情をしている直哉が自身の机から離れカバンを奪うように取った。

 そして何も言わぬままカバンを持って会議室を出て行く。

 直哉の無愛想な態度に蒔琅は溜め息を吐いた。

「なんやねん、あいつ。まだ、尋睹の所に行けんかった事に腹立てとるんか。はぁ、標準語が話せんのやからしかたあらへんやん。」

「まぁ、そう言うな。直哉の態度はいつもの事だ。」

 ムッとして直哉の出て行った扉に向かって蒔琅は文句を言った。すると机で事件の詳細をまとめていた澪が短く息を吐いて文句を言う蒔琅を宥めた。

「そやけど……。」

「それよりお前は溜まった始末書を提出してくれ。」

 未だに不満そうにしている蒔琅に澪は、溜め息を吐き彼の机を指差し催促した。痛い所を疲れた蒔琅は苦笑いを浮かべると渋々、席に着いて始末書を書き始める。

 一方、部屋の片隅では哲史がセトと遊んでいた。

「お手。」

「わん!」

「おかわり。」

「わふ!」

 教えもしていないのにセトは哲史に言われた通りの行動を取った。

 一通りの遊びをした哲史は小さく息を吐く。

「どうした、哲史?」

 行き成り暗くなる哲史が心配になった澪は席から立ち上がると彼の元に歩み寄る。すると屈み込んでいた哲史が顔を上げて、

「全、今日も捜査。俺、寂しい。」

 と、落ち込み気味に言う。

 はぁ、と澪の口から短い溜め息が漏れる。そして、どうしようもないと首を横に振った彼は自身の席に戻り仕事の続きをした。

 それから幾時間が流れ蒔琅達の仕事が一段落した頃、直哉がクリアファイルを持って部屋に戻ってきた。

「全が貰った麻薬と尋睹の持ってきた麻薬の成分が一致した。」

 ファイルを澪の机に置きながら直哉は説明した。それを聴きつつ資料に目を通した澪は頷きファイルを机の端に置き、尋睹と自分に電話で連絡を入れる。本来なら淳に連絡を入れるべきなのだろうが昨日の蒔琅とのやり取りで携帯を破損させてしまった為、急遽、自分に連絡を入れる事になったのだ。

 澪から麻薬が一致したという連絡をホテルで仕事をしている時に受けた自分達は亨にどのタイミングで接近するかの相談を休憩時間や職場を抜け出しながら行った。

 漸く、黒幕に繋がる手掛かりを入手し捜査に手応えが出てきた事で自分は更にやる気を出していた。
 
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