CAIN

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「そっか、有り難う。」

 にっこり笑って感謝の言葉を口にした自分に哲史は嬉しそうに笑った。

 すると澪が早く席に着くようにと咳払いをして自分達を急き立てる。それに慌てた自分達は銘々の席に座った。

 その場にいる全員が席に着いた事を確認した澪は深刻そうな表情を浮かべて口を開く。

「今日、全が亨なる中国人の男から貰った粉は上質のコカインと判明した。で、その亨という男を直哉に調べてもらった結果、中国でも有名なマフィアの一つ四龍の親玉だという事が分かった。……取り敢えず出だしでここまでの成果を上げた事に感謝する。」

 直哉の作った資料を見ながら会議を進めていく澪は、自分と淳に頭を下げ感謝の気持ちを表す。

 新澤の芹沢とは違う澪の功労者に対する態度に自分は驚いた。上司が目下のそれも新人を褒めるなんて事、新澤署ではなかったからだ。実際はあったのかもしれないが自分は、そういった場面に出会した事がなかった。

 亨の説明を終えた澪は資料を机に置くと短く息を吐いた。どうやら問題が発生したらしい。

「亨がマフィアの親玉だと分かったのは良いんだが……。彼から情報を入手する方法がな…。」

「俺が彼に会いますよ。」

 溜め息を吐く澪に声を掛けたのは亨に会ってくれと逢坂に頼まれた自分だった。

 全員の視線が自分に集まる。その目は驚きと期待そして駄目だという色をそれぞれにしていた。

 しかし自分は発言を撤回しようとは思わない。他の人間が行くよりも彼に気に入られている自分が行った方が情報を入手し易いだろうし何より相手に警戒されずに済む筈だと思った末の考えだった。

「それしかないな……。淳、サポートは頼んだぞ。」

「あぁ。」

「取り敢えず、これで解散。各自、休んでくれ。」

 そう言った澪は立ち上がると欠伸をして奥の部屋へと移って行った。

 彼が部屋を移るのを確認してから蒔琅達も立ち上がり部屋を出て行く。自分も哲史も皆の後を追うように部屋を出て行った。

 部屋を出た自分は真っ先に藍斗の所へ向かう。途中、哲史に先に寝るように言ったが、彼は自分と一緒に居たいとそれを断り共に救護室へと向かった。

 彼が一緒に来る事には何の問題も自分にはないのだが、藍斗と3人になった時が問題なのだ。きっと、また口喧嘩を始めるに違いない。だが、バイトやら何やらで体力を消耗している自分には、彼等を止める力がない。できれば何事もなく穏便に事が済めば良いと自分は歩きながら願う。

 恐らく、無理だ。

 そう自分の中で思ってしまう事に落胆する。

 救護室に着くと自分は寝ている藍斗に近付く。

 まだ気分が悪いのだろうか。顔色が未だに良くない。彼の顔を覗き込みながら自分が心配な表情をしていると、哲史が肩に手を置いて口を開く。

「藍斗、心配ない。寝てれば、治る。」

「そ…そうだね。」

「それより、全、服、着替える。その格好、寝にくい。」

「あっ、うん。…あぁ、でも服はホテルだし……。どうしようかな。」

 考えた自分は、その場でドレスを脱ぎ出す。服を借りようにも借りられるような人は近くにおらず、かといってドレスを着替えないわけにもいかない為の行動だった。

 後ろのファスナーを下ろそうと自分は後ろに手を回すが、ファスナーがドレスを噛んでいるらしく下に下りない。困った表情を自分が浮かべていると哲史が手伝ってくれた。

「有り難う。」

「気にする、事、ない。俺、全の、裸、見れる。それ、嬉しい。」

 照れながら言う哲史に自分は溜め息を吐くが、ファスナーを下ろしてもらっている手前、文句を言うのも失礼だと思い何も言わない。

 ドレスを脱いでトランクス1枚になった自分は嚔をする。部屋の中が寒いからだ。

 どうやら藍斗がクーラーの設定温度を下げていたらしい。服を着ていれば気になる寒さではないがトランクス1枚となると話は別だ。肌寒い。

 自分が、小さく震えていると哲史が着ていた服を脱ぎ自分に掛けてくれた。

「全、風邪、引く。」

「えっ、でも哲史が風邪を引くよ。」

「俺、平気。」

 服の端を握りながら自分は心配して言うが、哲史は首を横に振り自分を抱えると藍斗の隣のベッドに座らせた。そして自分の靴を脱がせると自身の靴を脱ぎ、自分と同じベッドに乗って布団を捲る。

「哲史……?」

「全と、一緒、寝る。俺、暖かい、全、暖かい。完璧。………嫌?」

 驚いた表情を浮かべている自分に哲史は問題ないという何とも平常な表情で言った。

 問題あるだろうと自分は言いたかったが、彼があまりに悲しい目で見てくるので文句を言う気が削がれ黙って彼の捲った毛布に入った。

 満足そうな哲史。

 此処で藍斗が起きたら自分は、どんな目に遭うのだろう。哲史の前でまた辱しめでも受けるのだろうか。それとも今度こそ2人の本気の戦いだろうか。

 考えただけでも、ぞっとする。

 自分を抱くようにして眠る哲史の胸で俺は小さく震えた。

 勿論、寒いからではない。

 しかし哲史は、自分が寒いと感じていると勘違いして布団を引き寄せ、自分を包み込む。凄く温かい。藍斗に抱き締めてもらっている時は終始ドキドキして落ち着かないのに彼に抱き締めてもらうと凄く安心した。

 その安心のおかげか自分は、いつの間にか意識を手放し眠ってしまっていた。

「全、愛してる。」

 そう呟いて自分の額にキスした哲史もまた小さな寝息を立てて眠った。


 翌日、決められた時間の勤務を終えた尋睹は、急いで帰る支度を整えると、相沢に滅多に人が使わない場所を訊いた。

 そして人に気付かれないように1階の廊下を歩き、相沢に聴いた物置部屋に入った。

 流石に、人が滅多に使っていないという事もあって中は、ぼろぼろで埃っぽく、棚に積まれている段ボールと段ボールの間には無数の蜘蛛の巣が張り巡らしていた。

 尋睹は物音を立てないように部屋の奥に足を進めると、ポケットから携帯を取り出し、支部に電話を掛けた。

「もしもし。」

「尋睹か。どうした、トラブルか?」

 出たのは澪だった。

 尋睹は、ほっと安堵の息を吐く。

 その時、彼が居る場所の近くで何かが段ボールに当たるような物音がした。

 話を聞かれたら、まずいと尋睹は携帯を持ったまま、物音の正体を突き止めに音のした方へ忍び足で近付いたが、原因は分からなかった。

 結局、自身の気のせいという結論を出した尋睹は、澪と会話という名の報告をした。

「いんやぁ、報告だぁ。今日、ROCKというホテルで儲かる何かが大ホールで開がれるって聴いたがらぁ。」

 ホテルROCKの報告は昨日してなかった尋睹。忘れていたわけではないが、容疑者になりそうな人物の報告をメールでした後、疲れて眠ってしまいできなかったのだ。

 ROCKの名を聴いた澪は緊迫感を漂わせる。それが電話越しの尋睹にも伝わった。

「ホテルROCK……尋睹、そこは今、淳達が潜入している。分かってると思うが……。」

「俺と皆は互いに知らない者同士だろう?大丈夫だぁ。」

 澪が、皆まで言葉を言う前に尋睹が答えた。

 その事に澪は満足そうな息を電話の向こうで吐いていた。

「分かってるなら良い。尋睹、気をつけて行くんだぞ。」

「はい。」

 言葉は心配をしているという意味を含ませているが、声音は勇気をくれるような力強いものだった。

 電話を切った尋睹は外に誰も居ない事を確認して部屋から静かに出て行った。

 尋睹が部屋を出て行った直後、物置部屋から一人の男が煙草を吸いながら出てきた。

「あいつは……。」

 男は、尋睹の後ろ姿を疑いの眼差しで見詰めながら呟くように言った。

 物置部屋に居た事を見ていた者がいた事を知らずに新澤署を出た尋睹は、自身のバイクでホテルROCKへ向かった。

 新澤署からホテルまでは、かなり遠くバイクでも1時間は掛かった。

 ホテルに着くと尋睹はフロントで大ホールの場所を訊いた。

「すいません。大ホールは、何処にありますか?」

「大ホールですか。この階段を上がられて左側、一番奥の部屋です。」

 大ホールの場所を聴いた尋睹は頭を下げて、お礼を言うと階段を登った。

 ホールの前には、会社の重役のような人達が、銘々に世間話のような会話をしていた。尋睹は内容を盗み聞いたが、これといった不信な内容はなかった為、ホールの前の受け付けに足を進めた。

 受け付けには、若い男が一人退屈そうに座っていた。

「紹介状は、お持ちですか?」

 男は尋睹を見るなり、退屈そうな表情で言った。

 お客に対して、そのような態度で良いのかと尋睹は思う。

「いえ、持ってないですけど……。」

 答える尋睹を男は、まるで始めから知っていたかのように短く溜め息を吐いて、お決まりの言葉を投げた。

「すみませんが招待状を、お持ちでない方は入れることはできません。」

「あの、俺、八坂さんに此処に行くように言われたんですが……。」

 此処で素直に帰っては、せっかくの重要な情報元を失ってしまうと思った尋睹は、八坂の名前を出してみた。誘ってきたのは八坂だ。彼の名前を出せば事態が好転すると思っての言葉だ。

 すると案の定、男は顔色を変え尋睹を見た。

「メモを、お持ちですか?」

「これですか?」

 尋睹は八坂から渡されたメモを見せた。

 男はメモを受け取ると、そのメモをポケットから取り出したライターを使って、炙った。

 すると、メモからHという文字が浮かび上がり、男は紙を丸めて横に備えてあったゴミ箱に捨てると、再び尋睹の顔を見た。

「確かに、本物ですね。どうぞ、中へ。」

 尋睹はHという文字の事が気になったが、男は教えてくれそうにもなかったので、黙ってホールの中へ入った。

 12時という遅い時間だというのに、ホールは多くの人で賑わっていた。

「ただ今から、オークションを始めます。」

 開催者のような人物が前で宣言すると、そこにいた人達は拍手を送った。

 しかし、そこからオークションに必要な品物は出てこない。それ以前にオークションリストも配られていないのだ。

 が、確実に金銭の移動があった。

 何人かがアタッシュケースに入った現金を開催者に渡しているのだ。

 そのアタッシュケースの大きさは縦60センチ横120センチ高さが30センチあった。そんな、大きいものだ、中には驚く程の大金が入っているだろう。

 尋睹は、何を購入しているのか気になった。

 そこで近くにいた、見た目30代後半くらいの優男に声を掛けようと手を伸ばすと……。

「八坂さんからの紹介で来られた方ですね。」

 後ろから声を掛けられ、尋睹が振り向くと開催者が静寂な感じで立っていた。

「あっ、はい。」

「こちらへ、どうぞ。」

 尋睹は開催者の指示に従い踵を返して、進み出す彼の後を追ってホールの奥にある部屋に入った。

 部屋の中は暗く、辛うじて奥に何か白い物が入った小さめの袋が何十にも積み上げてあるという事が分かるぐらいだった。

 暗がりに目が慣れてくる頃、開催者に奥へと連れて行かれ白い物の前まで誘導された。

「今回は貴方が運び屋ですね。」

 開催者の言葉を一瞬、尋睹は理解できなかった。

 しかし、直ぐに理解した尋睹は、今回の事件の手掛かりになると思い、白い物をギラキラとした目で見ていた。

 そして先程、受け付けでのメモのHは運び屋のHだという事を知った。

 彼の目を違う嬉しさと勘違いした開催者は、満足そうに頷いていた。

「経験があるようですね。では、このメモに書いてある人物に渡して下さい。くれぐれも他に言わないように。」

「分かりました。」
 
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