CAIN

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「急に藍斗が倒れたんだ!……ごめん、悪いけど藍斗を寝かせられる場所を教えてもらえるかな?」

 藍斗の方を向いたまま直哉の声を聞いた自分は泣き出してしまいそうな顔を勢い良く上げた。

 そして彼の驚いた表情を見た自分は、はっと我に返った。自分が騒ぐ程、藍斗の容態は悪くなかった。

 原因は分かっている。

 車酔いだ。

 因果関係もはっきりしているのに自分は今にも彼が死んでしまうという感じに慌てている。それが恥ずかしかった。

 取り乱した自分を誤魔化すように平然とした表情で言葉を紡いだ。

「こっちに救護室があるけん。」

 重病でもないのに取り乱してしまった自分を直哉は、冷たく制する事もなく平然と言葉を返した。

 尋睹と話していた時の意地悪な彼とは違った優しい一面を知った自分は、ほっと安堵の息を吐くのと同時に新たにこれから一緒に働く者の事を知る事ができた事に喜びを感じた。

 それから自分は藍斗の左腕を自分の首に回し、彼を引き摺るように運んだ。直哉は自分の右側をいつ彼を運ぶ事を交代しても良いように歩いていた。

 彼を救護室に運ぶ途中、自分は直哉に問い掛ける。

「さっき何を言い掛けたの?」

「えっ?」

「ほら、藍斗が来る前に何か言いかけてたでしょ。」

 突拍子もなく藍斗を担いだまま自分が問い掛けると、直哉は自分の質問の意味が分からなかったのか、こちらに疑問の視線を向ける。

 その事に自分が答えを投げ掛けると、彼は思い出したように頷いた。そして、藍斗に意識がない事を確認すると口を開く。

「あぁ、あれかぁ。……訊きたいんがぁ、知り合って間もない、あんたに訊くのもなんだけどさぁ。もし、好きな奴に好かれたいならどうすればえぇが?」

「えっ!?……俺なんかが答えて良いの?澪とか淳の方が長い付き合いみたいだし経験も豊富そうだけど。」

「あいつ等には話したくないけん……。」

 そう言って直哉は黙ってしまった。

 自分は、藍斗の体の先にいる彼を覗き見ると彼は悲痛な表情を浮かべている。

 彼にそんな表情をさせるつもりではなかった自分は彼に声を掛けた。

「そっか、俺そんなに経験豊富じゃないから的確なアドバイスができるか分からないけど……。好きな子に好かれたいならアプローチが一番必要だと思うよ。」

 自分は、直哉にアドバイスを送りながら自分と藍斗の馴れ初めを思い出していた。

 今では藍斗と自分は相思相愛の仲だが、昔つまり高校の時だが、あの頃は一方的な藍斗の片思いで自分は毎日のように彼から熱心なアプローチを受けていた。

 クラスが違うというのに彼は毎日、自分の所にやって来ては会話をせがみ、金曜日の早朝には必ず週末の予定を訊いてきた。

 尋ねる彼に何と自分が答えようが、週末は家にまで訪ねて来てデートに誘う。

 そうやって藍斗は自分に半年もの間、1日も欠かさずアプローチをし続けた。

 周りにホモだと冷やかされても彼は全く関係なかった。

 自分は彼のそんなところに惚れたのかもしれない……。

 自分の言葉を受け取った直哉は何も言葉を返さず、ふーんと相槌だけ返した。

 そんな会話をしているうちに自分達は救護室に着いた。

 救護室はトイレと同じ階、支部の東に位置しており、隣には非常口がある。

 中に入って自分が驚いたのは部屋の広さだ。学校の保健室ぐらいだと思っていた自分の想像よりも遥かに広く学校の教室ぐらいは裕にある。

 中は流石、救護室。清潔感が漂い日の光が部屋全体に入るような大きい窓が南側に付いている。今は夜なので日の光ではなく月の光が入ってきていた。

 肝心のベッドはセミダブル程の大きさで数は15、間隔を取って窓際に8つ、通路側に7つ並んでいた。
 自分達は藍斗を入口に対になる所に設置してあるベッドに寝かせた。

「此処まで運んでくれて有り難う。後は、俺一人でできるから。」

 自分は小さな寝息を立てて眠っている藍斗を愛おしむ目で見ながら頭を撫でつつ直哉の方を向いて笑顔で彼にお礼を言った。

 すると直哉は、こくっと頷いて部屋を出て行った。

 倒れた時よりも幾分は顔色の良くなっている藍斗の寝顔を見ながら自分はベッドの脇に腰を下ろし、彼の頭を撫でて昔の事を思い出していた。

 自分が学校で倒れた時、彼も今の自分と同じように付き添ってくれていた。

 目が覚めるまでずっと……。

 そんな事を思い出しながら暫く自分が藍斗を見ていると、短く唸る声と共に藍斗の目がゆっくり開く。

「んっ……全?此処は……。」

「救護室だよ。さっき藍斗、倒れたんだ。覚えてない?」

「あっ、あぁ、そうか……。ずっと看ててくれたのか?」

「うん。」

 ゆっくり起き上がる藍斗と会話した自分は、じっと彼の顔を見た。

 寝起きで乱れた深緑の髪に見た者を吸い込んでしまいそうな程の深い翠の瞳。それ等が月の光を浴びて神秘的な輝きを放つ。

 思わず自分は彼の神秘的な雰囲気に息を飲んだ。

「どうした?俺の顔をじっと見て。…はっ!!まさか涎を垂らしてたとか!!」

 そう言って藍斗は口の周りを手で擦り始める。

 その姿が愛しくて自分は自然と微笑み彼の頬に軽くキスをした。

 驚いた藍斗は擦っていた手を下ろし頬を赤く染めて自分の方に顔を向けた。

「……全?」

「キスしたら駄目だった?」

「そんな事ねぇけど。全からキスしてくるなんて珍しいと思ってさ。……たまには受ける方も良いな。」

 自分が不安な面持ちで訊くと藍斗は穏やかに微笑み自分の頬に左手を添え言葉を返す。

 彼の言葉が妙に照れ臭くて自分は頬を薄く染めて微笑み返した。

 すると藍斗は自分の頭の後ろに手を回し、そのまま引き寄せると優しく口付けた。

 彼にキスされるたびに自分の胸は、ドキドキして息をするのも苦しくなる。現に今もドキドキして落ち着かない。

 このドキドキは何年経ってもなくならないだろうか。それを嬉しく感じるものの自分の心臓が持つのかと半ば不安になる。

 藍斗は何度も自分の存在を確認するように一度離れては、またキスを繰り返してくる。自分もそれに答えようと彼にキスを返した。

 何度目のキスの時だろう。廊下からばたばたという足音が聞こえたかと思えば、救護室に哲史が短く息をしながら入って来た。

 彼の姿が視界の端に入った自分は頬を林檎でも思わせる程、赤く染め慌てて藍斗から離れた。

 一方、キスをしているのを邪魔された藍斗は、むすっとした表情を浮かべ力の限り哲史を睨み付ける。無論、そんな事をしたところで哲史が引き下がるわけがない。

 哲史は、ゆっくりとした足取りで自分達の方に近付くと自分を抱き締め、奪うように更に藍斗から引き離した。

「藍斗、ずるい!全、一人締め。」

「あのなー。全を一人締めにするのに誰かの許可がいるのかよ!!」

「いる!!」

「誰のだよ!!」

「俺。」

「巫山戯んな!」

 相変わらず騒がしい2人の遣り取りに自分は深々と溜め息を吐くと、その場から立ち去るべく自分を抱き締めている哲史の腕を解いて救護室を出ようと足を進める。

 すると哲史が自分の手を掴み、ベッドに横になっていた藍斗もベッドから離れ自分の所に駆け寄って来た。

「何処に行くんだ?」

 そう、真っ先に自分に声を掛けたのは先程までベッドに寝ていた藍斗だった。

「何処って、淳達の所だよ。」

 自分は、にっこり笑って答える。

 正直、立ち去る本当の理由を言いたかったが、言ったところで返ってくる言葉は子供のような言い訳だという事が分かっているだけに尤もらしい理由を言うしかなかった。

 しかし、藍斗達も自分が彼等自身の遣り取りに呆れて立ち去るという事が分かったのだろう。互いをちらっと見てから、こちらに視線を移し申し訳ない表情を浮かべていた。

 それだけで許そうと思ってしまうのだから自分も相当のお人よしだ。

「藍斗達は、どうするの?」

「行く!!」

 自分が2人に尋ねると、2人は同時に言葉を返した。

 それから、いざ3人で淳達のいるだろう、初めて通された部屋へと向かうべく足を進めると後ろの方で、ばたんという音がした。

 驚いて後ろを振り返ると藍斗が膝を付いて倒れている。

「藍斗!!」

「……わりぃ、やっぱ俺、行かねぇ。気持ち悪い。」

 駆け寄る自分にそう言った藍斗は、這うようにベッドに戻る。

 ベッドに横たわる藍斗の顔を心配な表情を浮かべて見る自分に藍斗は苦笑いして答えた。

 そんな彼を一人、置いて行くのも忍びなくて自分も此処に残ろうと考えたが、そんな考えを起こした瞬間、制するように放送が掛かる。

「全、哲史。今すぐ、第一会議室に戻ってこい。」

「…………。」

 澪の自分達を呼び出す放送を聞いた自分は落胆して申し訳ない面持ちで藍斗に目をやる。

 そんな自分の顔を哲史は黙って見ていた。

 すると藍斗は自分を手招きして呼び寄せると頬に軽くキスをして穏やかな表情を浮かべて口を開く。

「俺も子供じゃねぇからな。此処で大人しく待ってられるぜ。」

「うん、ごめん。藍斗。…終わったら必ず戻って来るから。」

 その言葉だけ残すと自分と哲史は、放送で澪に言われた通り第一会議室へと向かう。

 救護室を出て暫く歩いていると哲史が、こちらをちらっと見て口を開く。

「全、ドレス姿、可愛い。」

「えっ……あ゙っ……着替えてなかったんだった。」

 哲史の言葉で未だに自分がドレス姿のままである事を思い出し立ち止まると顔を下に向ける。

 嘘だと信じたかったからかもしれない。が、淡い黄色のドレスが視界に入る。

 ドレスを未だに着ている事に気付かない自分に深々と溜め息を吐いた。

 ドレスを着て長い時間が経過したせいか感覚が麻痺していたのだ。それが哲史の言葉によって麻痺していた感覚が戻り通常、感じる事のない股の間を吹き抜ける風の存在に違和感を覚える。

 任務でもないのにドレスを着ている自分が恥ずかしくて、自分は赤面した。

 穴があったら入りたい。まさにそんな気分だった。

「恥ずかしがる、全、可愛い。」

「からかうなよ。俺だって、好きでこんな姿じゃないんだから。」

 微笑みながら言う哲史に自分は顔を俯けたまま言葉を返すと更に頬を赤く染めた。

 今の自分には彼の顔を見て会話するような図太い神経を持ち合わせていなかったからだ。

「からかう、違う。俺、本気。全、可愛い、思う。俺、そんな、全も好き。」

 そう言いながら哲史は、自分の顔を覗き込む。

 そんな彼の頬は自分に負けないくらい赤かった。

「あ……有り難う。」

 哲史の言葉に何と答えて良いのか分からなかった自分は好きだと言う彼に感謝の言葉を返すしかできなかった。

 そんな会話をしているうちに自分達は第一会議室に着いた。

 中に入ると、既に藍斗と尋睹以外の人間が席に着き何やら深刻そうな表情を浮かべている。

「遅くなって申し訳ありませんでした。」

「藍斗の看病をしていたんだ。謝る必要はない。…とにかく、席に座りなさい。」

「はい。」

 集合時間等は指定されていなかったが、皆、席に着いているのだ。遅刻したのと大した差もない。だから自分は開口一番に謝罪した。

 自分が謝罪したのは強ち間違いではなかったらしく、澪は首を横に振って言葉を返すと自分達に座るように促す。

 彼の言葉に返事をした自分だったが、自分の席がどれなのか分からない。自分が、困った表情を浮かべていると哲史が自分の手を掴み空いてる席まで連れて来る。

「此処、全の席。」

「えっ!?」

 椅子を引きながら言う哲史の言葉に驚きの声を出す。

 そういえば、出て行く時まではあった荷物も片付けられている。この時、漸く哲史が、片付けてくれたかもしれないという事を知った自分は彼に微笑み掛ける。

「哲史が片付けてくれたの?」

 自分が尋ねると哲史は小さく頷いた。
 
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