CAIN

□04
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「八つ当たりだと?……蒔琅、俺に対してそんな暴言を吐いても良いと思ってるのか、あ゙ぁ゙?」

「うっ……。ぜ〜ん〜。」

 蒔琅は、まるで幼い子供のように自分に助けを求めてきた。そんな彼を無視するように淳は蒔琅を鬼の形相で睨み付けている。

 彼の恐ろしいまでの形相に更にびく付いた蒔琅は自分の後ろで小さくなって小刻みに震えていた。

 自分は、あまりに彼が可哀相に思えて助け船を出す。

「まぁ、まぁ、落ち着いて。今は早く白い粉の分析をするのが先決だよ。」

「…………そうだな。」

 自分の言葉が蒔琅を助ける為の助け船である事が分かったのか、淳は不服そうな表情を浮かべていた。

 取り敢えず、淳の暴言から逃れる事ができた蒔琅は、ほっと安堵の息を漏らす。

 話が纏まったところで支部に戻るべく茂みから出ようと後ろを振り向くと、未だに哲史と藍斗は口論を続けていた。

 口論と言っても藍斗が一方的に文句を言って、哲史が時折、反論する程度のものだった。

「まだ、やってたの……。」

 自分は呆れ眼で2人を見ると溜め息を吐きながら言葉を投げた。

 自分の言葉で2人は今までしていた口論のようなものを止め、ばつが悪い表情でこちらを見る。

 自分の心情としては2児の母親という感じだ。

 このキャラが定着しつつある事に自分は溜め息が出た。

「全、なんか、疲れてる?」

 という哲史の心配している言葉に内心、

 君達のせいだよ。

 と思ったが、何も言わず代わりにまた溜め息を吐く。

 心配そうにしている哲史の自分より少し高い頭をぽんぽんと軽く叩き自分は、淳達の方を見て支部に戻ると目配せした。

 それから自分達は蒔琅の乗ってきた車に乗る。

 当たり前の事で蒔琅が運転席に乗ろうとドアを開けようとした瞬間、淳が彼の手を掴んでドアノブから手を放させた。

「なんやぁ?」

「俺が運転してやるよ。お前はゆっくり助手席で寝てな。」

「そうかぁ。なんやぁ、淳にも優しいところがあるんやなぁ。俺、ずっと淳の事を鬼畜思とったわぁ。」

 明らかに何か企んでいる淳の表情を見抜けなかった蒔琅は、馬鹿正直に嬉しそうに笑った。

 そんな彼の言葉に淳は眉をぴくっと動かし苛立った表情を浮かべたが、珍しく怒鳴りもせずにそのまま運転席に乗り込んだ。

 その時の自分は、何かあるとは分かったが既に後部座席の真ん中に座らされて藍斗と哲史の2人から話し掛けられ淳達の方に対応する事ができない。

 これが後に悲劇を生む事になるとは思わなかったのだ。

 自分達を乗せた車は公園からゆっくりと発車して幹線道路へと出た。

 そこまでは良かった……。

 その後、アクセルを吹かす音が聞こえたと思ったら一気にスピードが上がり自分達の体は座席へと引き寄せられ、カーブに差し掛かると左右に体を振られた。

「おい、淳!!速度を落とさんかい!!お前、どんだけ出してんねん!」

「120。…安心しろ捕まるようなヘマはしねぇよ。」

 そう言った淳は更にスピードを上げ都心の道路を目にも留まらぬ速さで通り過ぎた。

 彼の言葉に自分は、そんな問題ではないと思ったものの既に車酔いで死んでいて文句を言う気力など微塵も残っていなかった。

 始め、淳の隣で文句を言っていた蒔琅も彼の運転に酔ったらしくスピードが上がった時点から何も言わなくなった。

 藍斗と哲史は、自分を心配するばかりで最初から文句を言うつもりはないらしい。

 しかし、そんな彼等も最後には車酔いを起こし青い顔をして自分の肩に頭を乗せて、うー、うーと唸っていた。

 15分後、自分達を乗せた車は、支部の入口の前でキー、キー言わせながら止まる。

 それにしても、ホテルから支部までは車でも45分近く掛かるところを15分で着くという事は、それだけスピードを出して走行した事を意味していた。

 よく此処まで白バイ等に捕まりもしないで来れたものだと関心すると同時に、こんな人物が警察官で良いのかと呆れ眼で彼を見た。

 と、思い返している今の自分なら文句の一つも言う事ができるのだが、この時の自分は車酔いが酷くて車から降りる事もできずにぐったりしていた。

 すると、支部から澪と直哉が血相を変えて出て来て運転席の方に駆け寄って来た。

「どうしたんだ!?何かトラブルでも発生したのか。……?その女性は誰だ?…全の姿も見えないが……。」

 淳が窓を開けた瞬間、澪の質問責めにあった。

 どうやら、何か問題があって急いで帰って来たと思っているようだ。

 しかも、自分は女性という事になっていて彼は自分が乗っている事に気付いてないらしい。

 しかし、そんな事実は全くないわけで淳は呆れながら溜め息を吐くと、ゆっくり車から降りて溜め息混じりに口を開いた。

「警官として質問攻めにするのはどうかと思うぜ、澪。」

「あっ、あぁ。そうだな悪かった……。」

「謝る事じゃねぇよ。…ったく、現場じゃ、冷静沈着の澪も支部に居る時の澪は動揺のしっぱなしで、まるで別人だな。」

 朗らかに会話をする2人に車に乗ったまま車酔いと闘っていた自分達は青い顔をして冷たい視線を送った。

 しかし、彼等には自分達の姿が見えていないのか気にせず会話を続ける。

 自分達を放置したまま話し込む2人に少々腹を立てたものの、自分は、それどころの問題ではなくなってしまった。

 胃の辺りのむかむかが頂点を迎え今まで食べた物が着々と喉の辺りまで上ってきていた。

 外に出るまでのカウントが始まる前にトイレに行かなければと、自分は藍斗側のドアを開けて彼に外に出るよう促し、地面に足を着けるが、足に力が入らない。

 自分が座席に座って助手席との境のところを掴んだ状態で困った表情を浮かべていると直哉が恐る恐る近付いて来て手を差し延べた。

「手を貸しちゃる。」

「そうしてくれると助かるよ、直哉。」

「!!」

 声を掛けてきた直哉に自分が言葉を返すと彼は驚いた表情を浮かべて自分の顔を食い入るように見た。

 彼も澪同様、自分を女だと思っていたようだ。

 仕事とはいえ、こんな格好をしているのだ。顔を確認しなければ、それが女なのか男なのか識別するのは難しい。

 だいたい、こんな格好をしている男が、こんな場所にいること事態、誰が想像できるだろうか。

 驚いた表情を浮かべている彼に自分は、真っ青な顔で苦笑いを浮かべる。

 すると藍斗が青い顔とふらふらの足取りで近寄って来ると、自分の肩に両手を乗せた。

「俺が連れて行く…から。」

 自分を抱えようとする藍斗を横にいた直哉が制するように彼の手を自分から放した。

 予想外の人物の妨害にあった彼は不機嫌な表情を浮かべて直哉を見た。

「……何のつもりだ?」

「ふらふらのあんたが、こいつを連れて行ったら怪我人が増えそうやけん。俺が連れて行くっちゅう意味がぁ。」

「全の面倒は俺が診る。てめぇの出る幕はねぇ。」

 車酔いで気が短くなっているせいか、若しくは独占欲のせいなのか藍斗は声を荒げて睨み付けながら直哉に文句を言った。

 その言葉に直哉は眉をぴくっと動かした。

 顔には怒りの色が射し始める。

 口論を止めるという意味もあるが、それ以上に具合の悪さが頂点を迎えようとしていた為に自分は、藍斗の機嫌を悪化させない程度に直哉に助け舟を出す。

「藍斗、直哉の言う通りだよ。…俺を連れて行って、藍斗が怪我したらどうするの?……直哉、悪いけどトイレまで連れて行ってもらえるかな?」

 自分が真っ青な顔をして直哉に頼むと、彼は黙って自分を背負い支部の中へ歩く。

 それを藍斗は不機嫌な表情で直哉に背負われて立ち去って行く自分の後ろ姿を見詰めていた。

「藍斗、フラれた。良い、気味。」

「うるせー!!……クソッ!…うっ。」

 少し体調が良くなったのか哲史が車から頭だけ出すと、冷やかす。

 すると藍斗は、いつもの調子で言葉を返すが本調子ではないため気分が悪くなり、その場に座り込んで鳴咽を漏らした。

 一方、自分は直哉に背負ってもらってトイレに向かうと個室で出せるものを全て出していた。

 その後、自分はすっきりした表情で個室で出ると洗面台で酸の強い独特の味のする口を薄くなるまで濯いだ。

 それをハンカチを差し出しながら直哉が見ていた。

「なぁ、あいつっていつも、あぁなんが?」

「んっ、あっ、有り難う。……あいつって藍斗の事?」

 差し出されるハンカチを受け取って口の周りを拭いた自分は、投げられた質問に答えずに訊き返した。

 きっと、藍斗の事だろうとは想像が付いた。しかし、敢えて自分は訊き返した。

「あぁ、そう、藍斗。あいつって、いつもさっきみたいにお前に近付いてくる奴に好戦的がか?」

 まだ、知り合って日がないせいで名前を覚えていないのか、それともど忘れしただけなのか直哉は自分が藍斗の名前を言うと思い出したように名前を復唱した。

 そして、呆れたような口調で溜め息混じりに言ってきた。

 彼の言葉が本当の事だけに自分は苦笑いを浮かべ笑うしかなかった。

「まぁ、だいたい、あんな感じかな……。」

「ウザイとか思う事ないがぁ?」

「前はウザイと思った事もあるけど今は普通だよ。寧ろ好戦的な藍斗じゃなくなった時の方が不安に感じるかもしれないね。……あぁ、ハンカチは洗って返すよ。」

「そんな事してくれなくてもよか。…一つ、訊いても良かが?………。」

 不思議そうな表情を浮かべて訊いてくる直哉に自分は素直に答えた。そして、持っていた彼のハンカチを小さく畳んで見せてから一言付け加え、ポケットの中にしまった。

 彼は仏頂面をして自分にハンカチを返すよう手を差し出したが、自分は首を振って拒否をした。

 なぜなら、彼のハンカチには少なくとも自分の口から出た物がついているかもしれないからだ。

 そんなものが付いた彼のハンカチを“はい、どうぞ有り難う。”などと言って返せる程、自分の神経は図太くはない。

 自分の対応を予測していたのか、それともただの形式ばった返答をしただけだったなのか、彼はそれ以上ハンカチの事は言わなかった。

 その代わりに別の事を訊こうと口を開いたが、鏡の端を見て何も言わずに開けた口を閉じてしまった。

 彼が話さなくなった訳を知りたくて、彼の目線の先に何があるのか気になった自分は目だけを動かして確認する。

 そこには青い顔をして、こちらの様子を窺っている藍斗の姿があった。

「何を…楽しそうに、話して、るんだ?」

 ここでも藍斗は独占欲の塊になっていた。それも今にも倒れてしまいそうな真っ青な面持ちで……。

 自分は彼が独占欲の塊になった事よりも先程よりも青い顔色の方が心配でしかたなかった。

 一方、直哉はそんな彼の顔色の事よりも独占欲の塊の態度に、呆れ顔を浮かべ深々と溜め息を吐いた。

 そして、踵を返すと彼と擦れ違い際に小さく呟いた。

「嫉妬の塊は嫌われるがよ。」

「うるせぇよ。……うっ。」

 トイレから立ち去って行く直哉に藍斗は怒鳴り声を上げた。

 その直後、藍斗はバタンという凄い音を立てて、その場に倒れ込んだ。

 彼が倒れるところを眼前で見た自分の身体からは、潮が引いていくように全身の血が、さーという音と共に引いていく。

 そして自分は動かなくなる足を無理にでも動かし彼の元に駆け寄り肩を軽く叩いた。

「藍斗……。藍斗!!」

 始め呼び掛けるように藍斗の名を呼んでいた筈が、彼の青ざめた表情を見て恐怖が全身を支配し声は次第に叫び声のようになる。

 ただの車酔いで倒れただけだという事は分かっているのに何故か彼を失ってしまうような錯覚に陥ってしまう。

 そんな事は、きっとないのに……。

 自分の声を聞き付けて先程トイレから出て行った直哉が驚いた表情を浮かべ、慌てて戻ってきた。

「どげんした!?」
 
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