CAIN

□04
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 手掛かりになるだろう白い粉を手に自分と藍斗、淳の3人は一度、本部に戻る為に電話で蒔琅を呼び出す事になった。

 時計は、既に2時を回っている。こんな夜遅くに蒔琅が起きているのか心配だった。

 蒔琅が、あまりに電話に出るのが遅いため淳は苛々し始め、足の先を上下に動かし始める。彼は足先を動かす事で少しでも苛々を発散しようとしているようだ。

 何度目の呼び出し音が鳴った頃だろうか。淳の眉毛が釣り上がった。

「お前、俺をいつまで待たせる気だ?」

「俺、蒔琅、違う。蒔琅、寝てる。俺、音、五月蝿くて、起きた。」

 ご立腹というのが声音で分かるくらい淳の声は低く、どすが効いていた。しかし、電話に出たのは蒔琅ではなく仄に眠そうな声音を出している哲史だった。

 哲史が電話に出た事によって淳の怒りは更に増大し、携帯を握っている彼の左手は小さく震えていた。

 そして淳は取り敢えず溜め息にも似た深呼吸をして口を開いた。

「今すぐ蒔琅を叩き起こして迎えに来させろ!!」

「分かった。……全、帰って、来る?」

「あぁ、そのつもりだが……。それがどうした?」

 苛々を我慢して淳が言った。声音は刺々しかったが……。彼の言葉に哲史は淋しいそうな声音で訊いた。

 予想外の言葉に淳は驚きに上手く言葉を紡ぐ事ができない。

 気を取り直した淳は一呼吸置いて哲史に訊き返した。

 電話の内容が全く掴めない自分と藍斗は、思い出話や今後の生活、携帯アドレスと番号の交換をしていた。

 淳の質問に哲史は暫く答えを返さなかった。その為か淳の機嫌は更に悪くなっていき、煙草を吸い終わる時間が明らかに速くなっていた。

 我慢の限界と淳が、怒鳴り声を上げようと息を大きく吸い込むと電話の向こうから声がした。

「もしもしぃ、淳かいなぁ?今から哲史と一緒に迎えに行くさかいホテルの前の公園におってぇな。ほんならなぁ。」

 哲史が起こしたのか、それとも電話の会話が五月蝿かったのか蒔琅が夢の世界から帰省して電話に出た。

 彼が出た事に淳は漸く、怒りの吐け口を見付けたと言わんばかりに意地悪い笑顔をして罵声を彼に言おうと口を開く。しかし、後少しというところで向こうが声を掛けてきた為に何も言えなかった。

 挙げ句、蒔琅は用件だけを述べて電話を切ってしまう。吐け口を無くした淳は携帯を強く握り締めた。

 携帯は、ぱきぱきと罅割れを起こしているような音を立て小さな破片が地面に落ちた。

 素手、それも片手で携帯を破損させる人間を初めて見た自分と藍斗は、驚きに目を丸くしていた。

 その後、何も言わずに駐車場を出て行く淳の後を自分と藍斗は慌てて追い掛ける。

 ホテル入口に自分達が差し掛かると、逢坂が何やら心配そうな表情で立っていた。

「藍斗、悪いけど先に淳の後を追ってくれない?俺、ちょっと逢坂さんに用があるんだ。…あっ、追い付いたら場所を電話で知らせてね。」

「分かった。……あんま、遅くなんなよ。」

 何か問題でも起きたのかと自分は心配になって逢坂に声を掛けようと思ったが、今、此処で淳を追うのを止めたら自分達は何処に行けば良いのか分からない。それは、つまり淳に怒られる事を意味していた。

 自分は怒られても構わないが藍斗は確実に反抗して淳と喧嘩を始めるだろう。難としても、それを避けたかった自分は、藍斗が我が儘を言い出さない程度の言葉を選んで紡いだ。

 その言葉に大人しく従った藍斗は少し不機嫌そうな表情だったが、心配そうに自分の頭を撫でると言葉を返し淳の後を急いで追って行った。

 追って行く彼の背中を見送って自分は逢坂に近付き声を掛ける。

「逢坂支配人、どうかなさったんですか?」

「あぁー、やっと見付けた!!探してたんだよ、如月君。享様が君に会いたいと言ってきてね。明後日、12時に、このホテルのスイートルームにその格好で来てほしいそうだ。それまで、そのドレスは君に預けるよ。」

「分かりました。では俺は、これで失礼します。お疲れ様でした。」

 逢坂の言葉に自分は興奮を覚えた。

 勿論、享と再び女として会えるという意味ではなく、今日、貰った粉が麻薬だった場合、もう一度享に会わなければならなくなり、良い口実を思い付かない自分としては、向こうから誘ってくれた方が好都合だったからだ。

 嬉しくて、にやける顔を何とか平常に保ち逢坂に丁寧に挨拶をすると自分は、その場から離れて先を歩く藍斗と淳の後を追った。

 2人がホテルの前にある公園に入るのを確認した自分は、慌てて追い付こうと走り出した。

 公園の中に入り、2人が何処に居るか探そうときょろきょろしていると目の前に二十歳前後の青年が6人現れた。

「ねぇ君、一人?俺達、これから飲みに行く途中なんだけど、一緒に行かない?」

「人と会う約束があるから、失礼します。」

 男達の一人が自分の肩を抱くようにして誘ってきた。

 自分は早急に断り、その場から立ち去ろうと男の腕を振り払い足を一歩踏み出し逃げようとした。しかし男達、全員に掴まれ逃げる事ができない。自分は睨むように彼等を見据えた。

「何するんですか?…そこを退いて下さい!」

「君が逃げようとするからだろう。……まぁ、良いか。ちょっと、俺達のストレス発散に付き合ってよ。」

 自分が女装をしているせいか、男達はにやにやと気色の悪い笑いをして自分を逃がそうとはしなかった。それどころか、自分の腕を力強く握って茂みの中に連れ込もうとしている。

 これは、やばいと思った自分は抵抗を試みるが、この人数には何の意味も果たさなかった。

 こんな夜更けに公園に立ち寄る人などいるわけもなく、自分は助けを求めたくても、急に恐怖が精神を支配して声が出せなかった。

 男達に引き摺られるように茂みに連れ込まれ揚げ句に押し倒され、もうダメかと思った矢先、がさがさという音がして誰かが茂みの中に入って来た。

「やっぱり、全だ。」

 入って来たのは支部にいる筈の哲史だった。

「えっ、哲史!?……たっ、助けて!!」

 哲史の行き成りの登場に自分を始め、その場にいた男達も驚いた表情を浮かべた。一方、哲史は自分達の表情の意味が分からないのか首を傾げている。

 しかし、今の自分には彼が自分達の表情を理解できようができまいが、そんな事はどうでも良かった。

 何故なら哲史の見えない所で男の一人が、ドレスの中に手を入れてきて足の付け根を執拗に撫で回してくるからだ。

 我慢の限界を迎えた自分は、目にうっすら涙を浮かべ彼の方に手を差し延べると助けを求めた。

 すると彼は、こくと一回頷くと差し延べている自分の右手を掴み自身の方に引き寄せ、抱き上げると逃げ出そうとした。

 しかし男達が自分の肩を掴んできて、その場から逃げ出せない。

「何?」

「お前、行き成り現れて俺達の獲物を横取りするんじゃねぇよ!!」

 自分の肩を掴んでいる男を睨み付けながら哲史が言うと男は、負けじと彼を睨み返し文句を言った。その事に自分と彼は深々と溜め息を吐いた。

 どうやって彼等から逃げ出そうか自分と哲史が考えていると、再びがさがさという音がした。

 新手かと自分と彼が身構えると現れたのは、先に行った筈の淳だった。

 淳は男達を見るなり嬉しそうに且つ不気味に微笑んで、噛んでいたガムを膨らませ、また口の中へと戻した。

「淳……?」

 驚きのあまり自分は、夢でも見ているかのように言った。

 すると淳は自分の頭をくしゃくしゃと手荒く撫でると、両手の関節をぼきぼきいわせて男達の方へ一歩足を踏み出した。

「ちょうど憂さ晴らしがしたかったところだ。遠慮なくいかせてもらう。」

「何、嘗めたこと言ってやがる!!返り討ちにしてやるぜ!」

 近付いて来る淳に男達は、そこら辺に落ちていた太い木の枝を拾い彼を撲ろうと振り上げる。

 しかし、淳は怯むどころか逆に楽しそうに笑って振り上げいる枝を目掛けて右脚をぶつけると、太かった枝は真っ二つに折れた。

 それを見た男達の顔から血の気が引いて、ゾンビでも思わせる程に真っ青になっていた。

 彼等のように怯えて、びくびく震え血の気が引く程ではないが、自分と哲史も瞠目する。

 自身がした事に彼等が、怯え震えているのが嬉しいのか淳は不気味な笑顔で更に彼等に近付いた。

「まさか、これで終わりなんて事ないよな?あ゙ぁ゙。」

「ひっ!!」

 鬼の形相で睨みながら言うと、男達は銘々に短い悲鳴を上げ、その場から逃げ出そうと後退りした。

 しかし淳は、彼等が逃げ出す事を許しはしない。その為、彼等の一人に向かって足を進めながら殴る準備を始めた。

 男は、一歩ずつ後退りしながら彼と距離を離そうとした。勿論、それは何の意味も果たしはしないのだが……。

「逃げられると思うなよ。…安心しろ。一匹、残らず半殺しにしてやるから。」

「ひっ……ひぃ〜。」

 男は、へっぴり腰で逃げ出したが淳が軽い足取りで彼に近付き、あらゆる技を掛けると有言実行とまでに半殺しにしていた。

 淳の理由がどうであれ助けてもらっている以上、自分は彼を止めて良いのか迷う。

 哲史は無表情の為、何を考えているのか分からない。ただ、自分を抱き締めて彼にぼこぼこにされる彼等の方を黙視していた。

 自分達が彼等を黙って見ていると、また茂みががさがさとなった。

 今度こそ新手の登場かと自分は身構え、哲史は平然と自分を守る体制を整えていた。

 しかし、自分達の身構えは徒労に終わる。

 茂みから出て来たのは待ち合わせ場所に居る筈の藍斗と自分達を迎えに来た蒔琅だったからだ。

 徒労に終わった事に自分達は、ほっと安堵の息を漏らした。

 しかし、藍斗が自分を哲史が抱き締めている事に腹を立て物凄い勢いで彼を自分から引き離した。そしてお馴染みの口論が勃発。

 自分は、あまりのお約束の展開に深々と溜め息を漏らし乱闘をしている淳の方に視線を移した。

 彼は相変わらず少しは抵抗してくる男達の相手をしていた。勿論、抵抗とはいっても条件反射みたいなものだから彼余裕で避ける。

 自分が茫然と彼等を見ていると蒔琅が横に立ち自分と同じ方を見て口を開いた。

「遅いと思ったら、やっぱり憂さ晴らしかいな……。」

「えっ!?……あぁ、そういえばそんな事を言ってた気が…する。」

 手を頭の後ろで組み呆れ気味に言う蒔琅に自分は、心配になって助けに来てくれたわけではないのかと驚いた表情を浮かべたが、思い返せば淳は男達に向かって憂さ晴らしができると確かに言っていた。

 彼同様、自分も呆れた表情で淳の方を見つつ藍斗達の姿が視界の隅に映った。

 彼等は相変わらず口喧嘩を続けている。

 勿論、自分はそんな2人を放って置いた。自分が関わると余計に話がややこしくなるのが分かったからだ。

 触らぬ神に祟りなし。

 自分は、そう自分に言い聞かせて最後の一人を殴り飛ばした淳を見る事に集中した。

「ふんっ!!……雑魚だな。憂さ晴らしにもなりやしねぇ。」

 ぼろぼろのぼこぼこになっていた男達を踏み付けながら淳は、詰まらなそうに且つ吐き捨てるように言った。

 そんな彼の隣に蒔琅が立ち溜め息混じりに言葉を放つ。

「これだけ暴れといて憂さ晴らしにもならへんのかぁ。どれだけストレス溜まってんねん!」

「能天気な、お前には分からんだろう。」

 蒔琅が言葉を放った瞬間、淳は苛立った表情を浮かべ暴言を吐いた。

「俺だって毎日、毎日ストレスの一つや2つ溜まっとるわ!!」

「ストレスに一つも2つもあるか馬鹿が。」

 蒔琅は、むっとした表情で言葉を返すと淳は更に苛立った表情を浮かべ、新たなガムを食べながら言った。

 淳に反撃する語彙がないのか蒔琅は顔を下に向け自分の後ろへと隠れ背中に顔を埋めた。

「ぜん〜、淳が苛めんねん。俺、本当の事を言っただけやのに……。八つ当たりしてくんねん。」
 
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