CAIN
□02
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利発そうな成年は並べてある机のうち澪の隣の席、入口から見て右側に、傲然そうな成年は、利発そうな成年の前の席に立っている。
淳も荷物を空いた机に置き、自身の机の前に立った。彼の机は傲然そうな成年の席の隣、澪の席の前にあった。
淳が移動したのを見て蒔琅も自身の席の前に立つ。彼の机は傲然そうな成年の席の隣にあった。
蒔琅の隣、入口側の席とその席の向かいの席、利発そうな成年の隣の席は、事件でも抱えているのか空席で淳が運んできた自分達の荷物が3つ積み上げられている。
「全員、揃ったな。」
署員の、あまりの少なさに愕然とし自分は瞠目する。
藍斗も哲史も驚いたらしく、自分と同じような表情を浮かべ澪を見ている。
「えっ、全員!?5人だけですか?」
「昔は沢山、人がいたんだが……。殉職したり辞めたりしてな。今は、5人だけだ。」
「そうだったんですか……。」
自分達の表情を見た澪は溜め息混じりに言葉を紡いで苦笑いした。
彼の苦笑いに自分は引き攣った笑顔を返し、空席に視線を落とす。
先程まで誰かが使っているのだろうと思っていた、この机達は、誰かに使われているのではなく、これから自分達が使うものだったという事を澪の言葉で知った。
それはさて置き、此処の仕事内容を聞くのが怖くなる人数である。自分達を入れても8人しかいないのだ。
その、10人にも満たない人数で、世界の凶悪犯罪に立ち向かうのである。
世界各国を周り、事件を解決する。一人が担う仕事の量は目が回る程だろう。
しかし8人でも大変そうな仕事を今まで彼等は5人でやってきたのだ。
仕事内容は想像もできない程、大変なものだったのだろうと、自分は言葉でこそ言わなかったが彼等に同情するのと同時に尊敬した。
その大変な仕事内容も自分達が入った事で少しは彼等の仕事が楽になればと、自分はやる気を出した。
この膨大な仕事をやり甲斐のある仕事と言えば響きは良いが、仕事量を考えると頭が痛くなってくる。
それでも、新しい場所で自分の力が最大限に発揮できる事に自分は嬉くて堪らず息を弾ませた。
自分の力が、どれ程のものなのかは置いといて……。
皆が机の周りに立ち始め、机から数メートル離れた入口付近に居た自分達は彼等から離れているのも、おかしく思い机の近くまで足を進めた。
「まぁ、それは、良いとしてだな。……俺が、この日本支部、支部長の八神 澪だ。さっき、蒔琅が言っていたように、澪と呼んでくれ。」
椅子から立ち上がり、澪は、にこやかに自己紹介をした。
彼の偉ぶっていないところが気に入ったのか、藍斗は頷きながら笑顔を浮かべている。
すると、淳が自分達の方を向いてガムでも噛んでいるらしく、くちゃ、くちゃと音を立てながら口を開いた。
「俺は、戦闘を主な仕事内容にしている西藤 淳だ。まぁ、呼び方は個人に任せる。」
「赤城 蒔琅や!!俺の仕事は追跡や。犯人を逃がしても、俺が捕まえたるけん安心せぇな!!」
「……内藤 尋睹、よろしく。」
「お前、新人の前でくらい愛想良くできんちょかぁ?……俺は、加宮 直哉。情報解析が専門。」
利発そうな顔立ちの尋睹に傲然そうな直哉は、まるで、いじめっ子のように責める。
その言葉に尋睹は、目を伏せて暗い雰囲気を漂わせていた。
自分は、そんな彼を見て何か励ましの言葉を掛けようと思ったが、新人の自分に言われても余計に暗くなるだろうと思い、言わずに黙って周りの様子を窺った。
尋睹が落ち込んでいる姿を見て、澪は深々と溜め息を吐くと腕を組んで呆れたように直哉を見る。
「直哉、尋睹に少しは優しくしたらどうなんだ。」
「……ふん!!」
澪の言葉も虚しく、直哉は澪から顔を背けると、不貞腐れ、頬を少し膨らませていた。
彼の行動を見ていると高校時代の藍斗を思い出す。
彼も当時、年に似合わない幼い行動を取っていた。担任教師に怒られても言う事を聞かず、今の直哉と同じように反抗的だった。
そんな昔の事を思い出した自分は思わず直哉を見て微笑んでいた。
その時、ちょうど直哉と目が合った。彼は自分が笑っている事に気付くと膨らませていた頬を元に戻し恥ずかしそうに顔を背けた。
一応、自身の行動は幼いという認識はあるらしい。
直哉が、どうして顔を背けたのか分からなかった藍斗は、勢い良く自分の方を向くと自分が笑っている事に気付き何を誤解したのか不機嫌な表情を浮かべていた。
それを無視した自分は直哉から目を放し、今度は尋睹の方を見ていると、彼は、ちらっと目線だけ自分の方を見て顔を背けた。
彼が、どうして顔を背けたのか自分には分からず、ただ首を傾げる。
「っと、まぁ、こんな、ところだ。……ところで、藍斗の持っている、その犬は?」
溜め息混じりに澪は話を締め括ると、セトに視線を移し藍斗に疑問の言葉を投げた。
自分は、彼が既に自分達の名前と顔を覚えている事に流石は人の上に立つ人物だと感心した。3人しかいないから覚えるのも楽ではあるが、覚えようという意思がなければ無理な事だから、やはり感心してしまう。
「こいつか?……昨日、拾った犬なんだ。警察犬に、しようと思って連れて来た。」
疑念の目で自分の方を見ていた藍斗は、きたかという目色を一瞬、自分に見せると、自身の足元で静かに座っているセトを横目で見ながら淡々と答えた。
自分の長年の付き合いから察するに今の藍斗の言葉は、たった今、考えた言葉だろう。
こうでも言わなければ、セトを捨てなければならなくなる。
自分達は仕事で殆ど家に居る事が少なくなってしまうのだから……。
しかし、セトを捨てる事は動物愛護主義者の藍斗が許しはしないだろう。勿論、自分も賛成はしないが…。
その為、何が何でもセトを此処に置いてもらう為に一番、許してもらえる確率の高い理由を付けたに違いない。
警察犬にするのが確率の高い理由なのかは微妙だが……。
セトを警察犬にすると言い出し、自分と哲史は驚いた表情を浮かべたが、セトが一番驚いているようで藍斗の顔を仰ぎ見ていた。
藍斗の言葉に澪は、唸りながら少し考える。
そして、セトと藍斗を交互に見ると頷いてみせた。
「そうか。けどな、訓練は、藍斗がするんだぞ。此処には調教師がいないからな。」
「分かった。」
「……では早速、今回の仕事内容を伝える。」
セトの話を終え澪は少しの間、目を閉じる。精神統一の一種だろうか。
そして再び目を開けると、彼の顔付きは仕事をするという表情になっていた。
また彼の周りに漂っていた雰囲気は頼れる男という感じから威厳漂うクールな男になっている。言葉は悪いが冷血人間という感じだった。
彼の表情を見た自分は体に電気が走り、今まで和んでいた感情は何処かへと消え、代わりに緊張感が現れる。
彼の目が、あまりにも冷たく仕事に使えない奴は要らないと言っていたからだ。
この、CAINに人数がいない理由が少しだけ分かった気がした瞬間だった。
こんな目で見られたら誰でも逃げたくなるだろう。
それを裏付けるように藍斗も哲史も、いつの間にか緊張した面持ちになっている。
「今回の仕事は、昨日、起きた神龍組の火災についてだ。分かっているのは、中国系マフィアと日本警察の麻薬取引の現場を神龍組の組長である龍三が目撃した事と、警察側に犯罪者がいるという事、そいつ等が哲史のパソコンを狙っていた事だ。パソコンは、こちらも手に入れようと、淳に新澤に行ってもらったが、運悪くパソコンは奴等の手に渡ったようだ。
そこで、かなり仕事内容は困難になるが、新澤署に潜入する奴と、マフィアが宿泊しているホテルに潜入する奴とに別れて情報を得る事にする。
何か、意見する奴はいないか?」
静かな中にも重みを持った声音で澪が説明すると、皆、首を振って意見がない事を伝えた。
CAINに所属した、その日に大きな事件に関わる事になるとは思ってもみなかった自分は使命感に燃える。
哲史に取っては仇討ちとでもいうべきか……。
皆に意見がない事を確かめた澪は、こくっと一回、頷くと再び口を開く。
「では、役割を決める。尋睹は、新澤に潜入し、情報収集。これが、新澤専属の掃除会社の名札だ。」
「分がった。今から行っでくる。」
尋睹は澪から名札を受け取り、机の引き出しからバイクの鍵を取り出すと、そのまま、部屋の外へと出て行った。
彼の言葉のニュアンスに驚いた藍斗は彼の出て行った扉を見ていた。
「なぁ、全。あいつ……。」
「あぁ、東北の訛りがあったね。だけど別に驚く事じゃないだろう?俺は方言を隠して無理に標準語を話してる方が変だと思うけど。」
「それも、そうか。」
藍斗の言葉に自分は平然と答えた。それが別に驚く程のものではなかったからだ。
方言はいわば、土地の財産みたいなものだ。それに驚く事も、変だと思う事も、自分には、おかしい事だと思う。
自分と藍斗が話していると、澪が制するように、ごほんと咳ばらいをした。そして彼は、自分と藍斗、淳の顔を、それぞれ見る。
「3人には、マフィアが潜伏しているホテルに潜入してもらう。これが、バイトの内定証だ。……残りの者は、署に残り待機だ。」
澪の言葉に淳は、あからさまに嫌な顔を浮かべた。
そして、彼は文句の一つでも言おうと口を開いたが、哲史が、それを遮る。
「俺も、現場、出る。」
哲史の言葉は、そこに居る全員が想像していた事だった。
しかし、澪は、首を縦に振らない。
「どうして?」
「お前が、どちらにも顔が知られているからだ。」
不満げな表情を浮かべる哲史に澪は、平然と答える。
それは、どうしようもない事実だった。潜入捜査は、顔を知られていない事が絶対条件。
それをクリアしていない哲史が、現場に出る事を許されるわけがなかった。
「まぁ、潜入捜査は我慢しろ、哲史。顔が知られてたら潜入捜査はできねぇからな。」
「……。」
同情にも似た表情で淳が慰めの言葉を口にすると、哲史は手を固く握り締め悔しそうな雰囲気で何も言わずにいた。
やはり、祖父、龍三の仇を取りたくてしかたないのだろう。自分も家族を殺されたら、この手で捕まえたいと考える。寧ろ、考えない方がおかしいと思う。
自分は何かしたくても、できない哲史の背中を、何も言わずに優しく撫でた。同情とか憐れみとかいう情からではなく、自分が代わりに犯人の情報を掴んでくるという決心から彼の背中を撫でていた。
哲史は黙って自分に撫でられていた。そして甘えるように自分に擦り寄ってきたが、自分の隣にいた藍斗が、容赦なく引き離し威嚇するように睨み付け自分を横から抱き締めた。
しかし哲史も負けておらず、抱き締められている自分の手を掴み彼から自分を引き離そうとしていた。
自分達の行動を呆れた眼差しで見ていた淳は、深々と溜め息を吐き澪の目を見て口を開く。
「ところで、澪。なんで、俺が、新人の面倒を見なきゃいけないんだ?
潜入なら俺、一人で良いだろ。」
「淳、お前の新人嫌いは知ってるが、ホテルの潜入は一人じゃ無理だ。」
「だからって、新人を連れて行ったって即戦力にならないだろう。」
哲史の件が片付くと、淳は、横目で自分達の方を、ちらっと見てから澪に噛み付くように文句を言った。
それは、きっと先程、彼が哲史に遮られた言葉だったのだろう。
淳の文句に澪は溜め息混じりに制した。
しかし、それで大人しくなる淳ではない。彼は自分と藍斗を交互に指差し、全く使えないと言わんばかりに澪を怒鳴り付けた。
その言葉に腹を立てた藍斗は、淳の所まで大股で近付き不機嫌な表情で文句を言う。
「素人だからって即戦力にならねぇだなんて決め付けんな!!」