CAIN

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 間違ってしまった時、何と言って誤魔化したら良いのか自分には思い付かなかった事も理由の一つだった。

 成年は自分の答えが予想外だったらしく困った表情を浮かべていた。その表情に自分は、もしかしたらこの人が迎えの人では、と思ったが、やはり訊くのは止めにして相手の出方を待った。

 藍斗も哲史も何も言わない。

 どうやら彼の見た目から警官ではなく、インディーズバンドの成年と思っているようで新しいメンバーを迎えに来ていると思っているようだ。

 自分が彼をバンドのメンバーと思わなかったのは、彼の静か過ぎる程の歩き方からだ。

 厚底の靴を履いている割に彼の足音は無音だった。周りが五月蝿くて足音が聞こえないわけではない。彼の足取り、そのものが特徴的なのである。

 自分が、しらをきった事に困り果てた成年は、自分達をその場に留めると、ポケットから携帯を取り出し何処かへと電話を掛け始める。

 2、3回、呼び出し音がなると、携帯は何処かに繋がった。

「もしもし、淳かぁ?」

「俺の携帯に掛けておいて、それを訊くのか、蒔琅?……お前は、どれだけ馬鹿なんだ。」

 淳と呼ばれた電話の相手は溜め息混じりに蒔琅に言葉を返した。

 とても、辛口な言葉だ。

 それにしても受信音を高くしているのか、話の内容が外に筒抜け状態だった。もし、蒔琅がCAINのメンバーだったら、彼には失礼だが、淳という男性が彼を馬鹿にするのも頷ける。

 こんな筒抜けの電話では、機密事項の電話も周りに直ぐ分かってしまい捜査に支障が出るだろう。

 それを平気でやってしまう人物は馬鹿としか言いようがなかった。

 勿論、彼は重要な仕事ではない為、受信音を高くしているのだろうと思うが……。

 正直、彼を疑いたくなる。

 自分達は互いの顔を見合わせて蒔琅の方へ視線を移すと、話の内容を聴く事にした。

 一方、淳に馬鹿にされた蒔琅は顔を真っ赤にしていた。

「俺は、馬鹿やあらへん!!」

「外で大声を出している事、事態、馬鹿のする行動だろう。……で、何の用だ?まさか、お前の馬鹿さを証明する為に電話したわけじゃないだろう。」

 蒔琅の怒鳴り散らす言葉を余所に淳は冷たい声音で言葉を返した。

 彼の言葉に蒔琅は少し間を置いて何かを決心したような目をして、ごくっと息を凝らす。何が、そんなに怖いのだろうと自分は会話を聞きながら首を傾げた。

「うんなわけあるかい!!……あんなぁ、新しいメンバーの名前ってなんやったぁ?」

「これだから、お前を行かせたくなかったんだ!!メンバーの資料も忘れて行きやがって!!……ったく、一度しか言わねぇからな。如月全、髪は紺。守塚藍斗、髪は深緑。白鷺哲史、髪は灰色だ。髪の色が独特だから馬鹿のお前でも分かるだろう!まったく、誰のせいで仕事が押せ押せになってんのか分かってんのか!!この大馬鹿がぁ!!」

 言えるだけの文句を言うと淳は、蒔琅が理解したか理解しなかったの返事も聞かずに、ぷつと電話を切った。

 蒔琅の携帯から、ぷー、ぷーという音が漏れる。

 彼は、あまりの言われように少し目に涙を浮かべ、淳に言われた事を必死に思い出しながら自分達を見てきた。

 自分達は電話の内容を聴いて彼が迎えの人だと分かったが、あそこまで馬鹿にされて汚名返上までできなかったら彼が可哀相なので、黙って声を掛けられるのを待った。

 しかし彼は、淳のあまりの速い口調に全部を覚えていないようだ。

 そう思ったのは、彼が腕組みをして必死に思い出そうと唸りながら考えていたからだ。

 そんな彼を少し可愛いと思ってしまう自分は、少しサドの気があるのだろうか……。

 それにしても、CAINは選りすぐりの刑事の集まりだと上総に聞いていたのに、彼の行動に自分は意外性を突かれっぱなしだった。

 しかし、完璧な人間などいるわけがないのだから、彼にも欠点以上の優れた能力があるのだろうと思い直した。思い直すしかなかったと言った方が適切かもしれないが……。

 自分達が気長に待っていると漸く、彼は特徴を思い出したのか自分を指差して、首を傾げながら不安げに

「如月全やろう?」

 と、訊く。

「はい。あなたが、お迎えの方だったんですね。」

「なんやねん!やっぱ、そうかいな!!ちごうたら、どないしよ思ったでぇ!!俺、蒔琅、よろしゅうな!」

 蒔琅は自分達が探している人物だと分かると万遍の笑みを浮かべて、滑らかな舌使いで話し出した。

 その良く動く舌に自分達は驚きの眼差しを送る。

 その目立った風貌で関西弁を話している事も偏見ではあるが驚きだった。しかし、それ以上に彼の警官と思えないような容姿に意外性を感じていた。

 こんなチャラそうな服装と髪色でよく公務員になれたものだと疑問を通り越して驚く他ない。

 自分達も、あまり否、全く他人の事は言えないが……。

 藍斗や哲史が考えたように彼は、バンドメンバーの一人だと言われた方が寧ろしっくりした。

「よっ、宜しく、お願いします。」

「あぁ、そんなに堅苦しゅうならんで、えぇて!!……さぁて支部に戻ろかぁ!!」

 自分が緊張した面持ちで挨拶をすると蒔琅は、にこにこしながら自分の肩を軽く叩いて、言葉を返した。

 人懐っこそうな笑顔で話す彼に自分の緊張は一気に吹き飛んだ。

 藍斗達は、先程の電話の対応を見て彼を目上とも同等とも思ってないようで、始めから緊張していないようだった。

 寧ろ、見下したように彼を見ている。

 自分達を彼自身が乗ってきた車に案内しようと踵を返した瞬間、彼は、ふと藍斗の方を見て正式にはセトを見て目をぱちくりさせた。

「藍斗の持っとるの、まさか犬かいな?」

「あっ、あぁ。……なんか、いけねぇのか?」

 驚きに似た声音で言う蒔琅に藍斗は喧嘩でも売っているかのような口調で返した。

 下手に出て、セトを置いてこいと言われない為の彼の対処策だろう。

 セトは、ただ蒔琅を見て吠えもせず首を傾げ彼の出方を静かに見ていた。

 藍斗に喧嘩腰に言われた蒔琅は、ぽりぽりと頭を掻きながら溜め息混じりに言葉を紡ぐ。

「まぁ、えぇわ。そいつ、利口そうな顔しとるし……。ほな、行こかぁ。」

 そう言って蒔琅は右手で手招きすると駅の近くに停まっていた黒のレクサスに誘導した。

 車に乗って30分くらい行った所にCAINの日本支部はあった。

 第一印象は、とにかく建物が古過ぎる。あまり建物を酷く言うのも良い気はしないが、これは酷過ぎる。

 何も知らない人が、この建物を見たら幽霊屋敷と思うに違いないと断言できる程に古くて寂れているのだ。

 外壁は数ヶ所、禿げており中の金具が外に飛び出していた。

 窓も何ヶ所か、ガラスが割れているのか段ボールで塞がれていた。

 自分達は今日から此処で働くのかと思うと開いた口が塞がらない。

「何やぁ、口をぽかーんと開けて、どないしてん?中、入るでぇ。」

 呆然としている自分達の事など蒔琅は、あまり気にもしていないようで一言、言葉を投げると先に中に入って行った。

 どうやら自分達の行動は想定の範囲内だったようだ。

 自分達が、彼の後を追って中に入ると、中の綺麗さに驚いた。

 外の造りとは全く違うのだ。隅から隅まで清掃が行き届き、塵一つ落ちていない。

 内装も素晴らしく綺麗だ。外観が幽霊屋敷だとは想像も付かない程に。

 これだけ綺麗にしてあると、まるで違う建物に入った気がしてくる。

 支部に入って10分も歩いただろうか。

 不思議な事に誰とも擦れ違わない。

 秘密機関と言われても警察なのだから、多くの捜査員がいても全く不自然ではない。今、何かの事件に総動員しているのだろうか?

 そんな事を考えている間に自分達は支部の東側にある端部屋に通された。

 部屋の中には机が8つあり、部屋の中央に向かい合うように並べてあった。

 そのうちの上座に位置する席に軽くウェーブの掛かった黒髪に色黒で顎髭を蓄えた30代半ばといった感じの男性が一人、静かに座っていた。

「澪、戻ったでぇ!!」

「おら、蒔琅、新メンバーの前でくらい支部長と呼ばんか!!」

「ええやんかぁ!どうせ、全達も澪って呼ばせるんやろ。」

 扉を開け澪の姿を見付けるなり蒔琅は子供のような笑顔と大声にも似た声を放つ。

 彼の言葉に澪は一喝したが、当の本人である蒔琅は悪びれた態度、一つ見せずに言葉を返した。

 このノリを見ると関西人だなぁと思えた。

 2人が話していると自分達が入って来た扉から色素の薄い茶色の髪をして左目にナイフのような鋭利な物で切られた跡がある成年が、段ボールの箱を3つ抱えて呆れた表情で入ってきた。

 成年の姿を見るなり蒔琅は、あからさまに嫌な顔をした。彼も蒔琅を馬鹿にするからだろうか……。

「蒔琅に文句を言うのは野暮だ。そいつは理解力のない馬鹿なんだからな。」

「俺は馬鹿や、あらへんって、何べん言ったら分かんねん!!」

 成年の声は先程、蒔琅が電話を掛けていた淳という男の声だった。

 それにしても初めて会ったというのに2人の仲の悪さが手に取るように分かる。

 藍斗と哲史も仲が悪いが2人は言い合いをしているという感じで立場は平等だ。

 しかし、この2人は違う。明らかに上下関係があった。構成としては淳が上で蒔琅が下だ。きっと、この関係が逆転する事はないだろう。

 今の蒔琅で淳に勝つ事は世界が破滅してもないと断言できる。それぐらい2人の立場は明確だった。

 淳の目の前で喚くように文句を言っている蒔琅の事など彼は、なんとも思っていないのか彼を視界から離すと澪の方をじっと見た。

「支部長、言われた通りに、そいつ等の荷物、新澤から取って来た。……でも、パソコンは処分されてたぞ。一足、遅かった。」

「おい、俺の事は無視かいな!!」

「あ゙ぁ゙ん。馬鹿に付き合ってる暇なんてねぇんだよ。」

 まるで小型犬のように吠えながら食いつくように文句を言う蒔琅に淳は自分達が署に置いてきた荷物を片手で持ったまま凄みのある目付きと声音で言葉を放った。それは、怒髪が天を衝くようなものだった。

 その言葉に蒔琅は更に何かを言おうとしたが、結局、何も言わず口を閉ざした。あまりの淳の怖い表情と声音に言葉が出なかったのだろう。

 自分も、あんな顔で怒られたら直ぐに文句は言えない。

 それにしても、淳の腕力には驚いた。藍斗の荷物は、空も同然だと考えても、自分と哲史の荷物は半年間で溜まった資料等で、かなり重い筈だ。それを軽々と持っている彼は、とても腕力があるのだろう。

 それとも、それが普通で自分が単に腕力がないだけなのだろうか。

 他の2人が、どう思っているのか気になって藍斗達の方を、瞥見すると驚いている素振りを見せないので、あれは持つ事ができて当たり前のようだ。

 その事が自分は悔しかった。やはり自分だって男だ。腕力などは並の男ぐらいには欲しいと思う。

 さておき自分は彼の言葉に疑問を持った。

 パソコンの事だ。何故、自分達のパソコンが処分されたのだろう。あれは個人が自腹で購入したものだ。それを処分する権限を署が持つわけがない。

 その疑問から自分は淳に向かって口を開く。

「あの、処分って、あれは個人のものですよね?」

「まぁ、その説明をする前に、署員の紹介をしておこう。」

 自分の疑問に淳が答えようと口を開くが、澪が先に声を発し、淳の言葉を遮った。

 澪は自身の腕時計を見て時間を確認すると入口の方に目をやった。

 彼が入口に目を移すと扉が静かに開き、一見、女の子にも見える漆黒の髪に目は色素の薄い紫色をした利発そうな成年と太陽のようなオレンジ色の髪と目で、傲然そうな成年が入って来た。

 2人は、中央に並べてある机、恐らく所定の場所だろう机の前に立った。
 
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