短編集

□命尽きても
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 俺は、何と無く気付いてた……。


 君を引き止めなかったら、君に会えないって。


 なのに、それをしなかったのは君が、


『大丈夫』


 と言ったから。


 君が、俺に優しく口付けをしたから……。


 そして、俺は君を失った。











『命尽きても』



 戦争末期。


 ひもじさは頂点を迎え、人は何とか生きている。そんな状態だった。


 それでも俺達の国は戦争を続け今日も何処かの家に赤紙が届く。


「ねぇ、櫂。俺が戦場に行ったら淋しい?」


「淋しいというより心配で夜も寝れねぇよ。……行くなら一緒が良いよな。生きるも死ぬも一緒でさ。」


 誰もいない学校の美術室。俺達は、いつも此処で会ってた。此処なら何も気にせず2人の話ができるからだ。


 櫂は俺の幼なじみで大切な人。きっと、それはずっと変わらない。


 だけど、この時代いつ死んでも、おかしくはなくて俺達は少しでも一緒にいられるようにしていた。それしかできないから……。


 死ぬ時は一緒。


 そう、互いに思ったから。


 美術室の床に座り込んで俺達は、ほんの一時2人の時間を堪能した。


 平和な時代になったら2人で暮らそうとか日本中を旅してみようとか、そんな話をして互いを求めて、キスをして……。


 その時間だけが俺の…俺達の幸せ。


 まさか、それが崩れる日がくるなんて……。想像はしてたけど現実になってほしくなかった。


「じゃあ、理人また明日いつもの所でな。」


「うん。……櫂、俺達ずっと一緒だよね?」


「何だよ行き成り。そんなの当たり前だろ。」


 不安に言う俺に櫂は、にっこり笑って答えた。


 何の根拠もないのに櫂の一言で俺は、安心して家に帰った。


 それからほんの短い時間を経て俺達は、また会う。


 櫂が青ざめた顔で家に来たからだ。


 そんな彼を見た俺は、驚きと共に体から血の気が引いていくのを感じた。


 嫌な予感がする。


 それは現実となって俺のもとにやってきた。


 櫂に引っ張られ家の裏に連れて来られた俺は彼を見た。


「来たんだ。」


「何が?」


 知らず知らず俺の声が震える。


「赤紙。」


 不安と恐怖が入り雑じる声音で櫂が言う。


 俺は力なく、その場に座り込む。


 櫂が一人で見知らぬ所に行ってしまう。この土地よりも遥かに死に近い場所へ……。


 俺の目から涙が流れる。


「櫂…行ったら…。」


 ダメだ。


 そう言おうとする俺の口を櫂が口付けで塞ぐ。


 触れた唇から伝わるのは互いの震えと哀しみ。今まで何度も交わしてきた口付けだというのに、こんなに胸が締め付けられて苦しいのは初めてだった。


「大丈夫だ。俺は無事に帰ってくる。そしたら、またいつもの場所で会おう。」


「うん。……ねぇ、櫂。俺、ずっと待ってるからね。いつもの場所で…。きっと来てね。」


 この時、俺達2人は何と無く分かってたのかもしれない。


 もう、二度と会えないって……。


 それから俺達は最期に優しい口付けを交わして別れた。


 周りでは蛍が、淡い光を発しながら飛んでいる。暗闇で飛ぶ、それは幻想的でこんな時でなければ2人で浴衣を着て見るのに…。



 櫂が戦場に行って3週間経った頃、俺は日課にしていた神社への参拝に行こうとしていた。


 願う事は決まってる。彼が無事に帰って来ますように。また、一緒にいられますように。


 家を出て櫂の家の前を通ると知らない兵隊服に身を包んだ青年に呼び止められた。


「桑原理人君だね?」


「そうですけど……。」


「これを渡すよう頼まれたんだ。何か、いつもの場所で見てもらいたいとか。」


 青年から手紙を受け取った俺の手は震える。


 嫌な予感が頭を過るのだ。


 俺は、その不安を取り除いてもらうべく青年に恐る恐る尋ねる。


「あの、櫂は……。田宮は?」


 俺の言葉に青年は口ごもる。それだけで答えは分かった。


 櫂は戦死した。


 もう、俺のもとに戻って来ない……。


 俺は溢れそうになる涙を堪えて青年の横を通り過ぎる。


 その手に櫂からの手紙を握り締めて。


 縺れる足を必死に前に出して俺は走った。いつもの場所に行く為に……。


 外は、こんな時代を感じさせない程に綺麗な青空をしてるのに。


 俺の心は裏腹に曇天で、止みそうにもない雨の音がしていた。


 いつもの場所に着いた俺は、床に座り込むと櫂の手紙を静かに広げた。


――――――――――――

 この世で誰よりも大切な理人へ


 毎日、理人の所に帰りたいと願っています。


 正直な話、俺は無事に帰れそうにもない。日々、戦いは激化し俺も仲間もぼろぼろで恐らく次の戦いで殆どの仲間が戦死する事だろう。そして俺も……。


 その前に俺の気持ちを理人の元に送る。


 俺は、お前を愛してる。命、尽きて理人の元に帰れなくなっても俺は必ず、お前の元に、そしていつもの場所に帰ってくる。


 いつか必ず……。


――――――――――――


「櫂……。」


 溢れる涙で文字が見えなくなった。


 俺の大切な人は、俺の手が届かない場所へ旅立った。


 もう、声も聞こえない。肌で感じる事もできない。


 いつも一緒だったのに…。死ぬ時は一緒だって思ってたのに。俺だけ生きてる。


 大切な人の居ない世界で無意味に…。


 俺は、床から立ち上がると櫂の手紙を握ったまま、教室の鍵を閉め、机の上に置いてあった彫刻刀で自分の首を裂いた。


 いつか帰ってくる櫂に会う為に……。


 俺は、俺といつもの場所を閉じ込めた。


 変わらぬ姿で櫂に会う為に……。
 

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