記念もの
□夏の終わり僕らの始まり
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にっこりと穏やかに微笑んだ尋睹は突き出された袋を静かに受け取った。
直哉は尋睹がどちらを選んでも同じ事を言って金魚を渡しただろう。その証拠に彼は尋睹が受け取ると、嬉しそうに微笑んだ。
素直ではない直哉には、こういった渡し方しかできないのだ。
以前の尋睹ならば、彼のこういった態度は自身の事が嫌いだからしているのだろうと思っていた。しかし全と哲史の協力もあって今では、好意の裏返しである事は分かっていた。
その為、尋睹は終始笑顔で昔のように傷付いた表情をする事も息苦しさも感じない。
が、未だに肝心な事に気付いていない。
それは直哉も同じなのだが……。
金魚の入った袋をそれぞれに持って2人は、歩き出す。空いた手にお互いの手を握って……。
「ねぇ、何で俺の手を握るだぁ?」
「また、迷子になられたら困るからに決まっちょるがね。」
決して手を放してほしいから言った言葉ではないが、金魚すくいの時に一度は放した手を再び繋ぐ直哉の行動が気になってしかたない。もしかしたら、自身と同じ事を思ってくれてるのかもしれないと思った末の言動だった。
尋睹にしては、かなり勇気を振り絞ったセリフだったのだが、まさか彼が自身に好意を寄せてくれているとは思ってもいない直哉には本心が伝わらず前者の方の答えが返ってくる。
やはり、自身の勘違いだったのかと、しゅんとした尋睹だったが、今は直哉と一緒にいる事だけを楽しもうと落ち込む気持ちをしまい込んだ。
それから、りんご飴やたこ焼き、綿菓子などを買った2人は、人混みから少し離れ落ち着ける場所へと移った。
「さて、花火を見に行くがよ。」
「えっ、此処で見るんじゃねぇだか?」
「人混みが嫌いなのに此処で見るがか?……とにかく行くがよ。」
花火を人混みの中で見る事をすっかり忘れていた尋睹は思い切り首を横に振った。
自身が一番、人混みを嫌っていたのに一番、人の多い所で見ようとする尋睹に直哉は呆れつつ小さく笑った。
手を引かれ尋睹がやって来たのは神社近くにある廃墟ビルだった。支部ほどのぼろぼろさではないが、周りにあるビルと比べると朽ち果てている。
人目の付かないビルの裏に回った2人は裏口だろうドアの前で立ち止まる。
「直哉、此処で何するだぁ?」
「花火を見る言うちょろ。ちょっと、これ持っといて。」
そう言って、たこ焼きやらを尋睹に持たせた直哉は何処に隠し持っていたのかプラスチック製でNの飾りの付いたヘアピンを取り出すとドアの鍵を開け始める。
そして数分も掛からないうちにドアを開けてみせた直哉は持たせていた物を受け取り、驚きと罪悪感におろおろとしている尋睹の手を引くと屋上へと上がって行く。
直哉達の他に誰も居ないビルに2人の下駄の音が響く。
屋上に着く頃には花火が始まり、どん、どどんという音が夜空に響いていた。
「ちょうど良かったがね。」
「うわぁ、特等席だぁ。」
手摺に腕を置き神社の方を見た2人は、それぞれに言葉を漏らす。
目を輝かせて見ている尋睹を横目に直哉は嬉しそうに笑った。また少し距離が縮まったような気がしたからだ。