記念もの
□夏の終わり僕らの始まり
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そこには、息遣い荒く額に汗を掻いた直哉が、ほっとした表情で立っていた。
「何がねぇ、その幻でも見るような目は。」
本物か分からず尋睹は訝しげに直哉を見詰める。それが気に入らないのか直哉は、ムッとした表情を浮かべていた。
直哉が現れた事で尋睹の恐怖は和らぎ、ホッと安堵の息を吐くと尋睹は彼に抱き付いた。
直哉の体が硬直する。
あわよくば尋睹と親密な関係を築きたいと思っていただけに直哉は、この展開の早さに驚く。
一方の尋睹も恐怖から解き放たれ安心のあまりに直哉に抱き付いてしまい、この後、どうすれば良いのか分からない。下手に物を言うと彼を怒らせてしまいそうで言葉を口にする事もできなかった。
まるで初めてのデートのようなぎこちない空気が2人の周りを漂う。
そんな空気を何処かに飛ばしたのは、周りにいた少女達の尋睹達に聞こえるような声でした会話だった。
「あの人達、ホモだよね。」
「気持ち悪ー。」
声が聞こえた尋睹は慌てて直哉から離れると悲しそうな表情を浮かべる。
自身のせいで直哉まで周りに変な風に言われてしまったのが悔しくて悲しかったのだ。
尋睹の目から涙が溢れる。
「泣くなっ!!」
行き成り、直哉が怒鳴る。驚いた尋睹はビクッと体を震わせ、反射的に涙が止まる。
しかし、直哉に直ぐ泣く奴だと呆れられたと思うと尋睹は胸が締め付けられるほど悲しくなる。
彼が悲しそうにしているのを見て直哉は、しまったという表情を浮かべて慌てる。
「俺が言いたいのは、他人に言われたぐらいで泣くなって事だがね。
その尋睹が泣くのは、嫌というか……。泣かされてるのを見ると腹が立つんがね。」
「えっ、今、何て言っだ?」
台詞の中ほどから、ぼそぼそと呟くように言う直哉の声が聴こえなかった尋睹は尋ねる。しかし、それに直哉が答えるわけもなく、“なんもなか”と顔を真っ赤にして一喝。
言われた尋睹は、それ以上、問い掛ける事ができず分からずじまいだった。
「ほら、行くがよ。」
「えっ、行ぐって何処に?」
「あのなぁ、祭に来たんだから出店に行くに決まっちょろうが。」
「えっ、でも、俺、人混みには……居たくなかぁ。」
「俺が、気にならんようするがね。お前は、ただ俺と一緒に祭を楽しめばよか!」
もじもじとしている尋睹の手を握り締め直哉は歩き出した。
直哉に引っ張られるように歩いた尋睹は握られた手を見詰める。
ギュッと力強く放さないように握られた手。そこから伝わる直哉の体温に尋睹は頬を赤く染めた。好意を寄せる相手の温もりを感じるのは、幸せな事だ。勿論、付き合い始めたら、もっと貪欲になっていくのだが……。
今の尋睹には、手を握られているだけで幸せだった。
「ねぇ、全達と合流しなくてえぇだかぁ?」
「全に連絡を入れといたから心配せんでよが。……まぁ、俺達の事を心配するような余裕はなさそうやったがね。」
「あぁ、哲史と藍斗が騒いどるんだね。」
「そうゆうこと。」
にっこり笑った直哉は金魚すくいの出店へと足を進める。手を握られている尋睹も必然的に金魚すくいの方へと足を向けた。
水色の浅い容器の中には、数十匹の赤と黒の出目金と龍金が右へ左へと優雅に泳いでいた。
容器の前にしゃがみ込み尋睹は優雅に泳ぐ金魚を眺める。
「かわえぇ。」
「おじさん、一回分。」
にこにこしながら見詰める尋睹を横目に直哉は、お金を店番の人に渡すとポイを受け取る。そして出目金と龍金をそれぞれ色違い2匹ずつ掬うと別々に袋に入れてもらった。
金魚の入った2つの袋を尋睹に見せながら直哉は口を開く。
「お前、龍金と出目金どっちが好きがぁ?」
「えっ、うーん、強いで言うなら出目金が好きだぁ。」
「やる。」
答えた尋睹に直哉は出目金の入った袋を突き出した。
ゆらゆらと中で泳ぐ出目金と直哉を交互に見ながら尋睹は首を傾げる。
「でも、直哉が掬ったんぞ?俺が貰うのは、悪い気がする。」
「俺は、ただ出目金が嫌いやがね。嫌いなのを好きな奴に譲っちょるだけねぇ。遠慮する必要はなか。」
「じゃあ、貰っどく。あんがとな、直哉。」