記念もの

□夏の終わり僕らの始まり
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 6時、着付けを済ませた8人は支部入口に集合していた。


「いやぁ、皆、浴衣がにおうとるわぁ。
 にしても全と尋睹は、男物の浴衣を着とるんになして、そう中性的なんや。」


 集まった人間をぐるりと見渡し蒔琅は、うんうんと頷いていると全と尋睹を見て疑問を持った。それは、その場にいる当人以外の誰しもが思った事なのだが本人達が気にしている事なので敢えて触れないようにしていたのだ。それを蒔琅は、いつもの事ながら簡単に無視して口にするのだった。


 言葉を投げられた全と尋睹の口が引き攣る。しかし尋睹には、その意味がまるで分かっていない。


 淳達の口から深い溜め息が漏れた。


「誉め言葉として受け取っておくよ。」


 溜め息混じりに皮肉を全が言うが、それには何の効果もない。ただ、蒔琅が首を傾げて全と尋睹を見詰めるだけだ。


 これ以上、言っても何の意味も果たさない上に自分達の気にしている事に粗塩を塗るという事態を招く為、2人は何も言わず神社に向けて歩き出した。


 下駄をからんころんいわせながら全達は神社に付いた。


 本殿に続く参道の両端には出店が所狭しと並び、その間を浴衣や私服を着た人達で混雑していた。


「凄い、人だね。」


「こりゃ、迷子にならんようにせなあかんなぁ。」


 鳥居を潜った全は、あまりの人の多さに驚く。それは澪達も同じらしく目を見開いて歩いている人達を見ていた。


 唯一、蒔琅だけはにこにこしながら楽しそうな声音で言葉を紡いだ。こういう状況には慣れているようだ。


 立ち止まっていては祭を楽しめないと蒔琅に急かされ全達は人混みの中へと歩き出す。


 人混みに自ら近寄らない尋睹は全達の影に隠れながら歩いた。


 周りは見る所、全てが人、人、人。


 他にはないのかと思うほどだった。


 本殿に近付くに連れ人は更に増え、尋睹の緊張もピークを迎え始める。


 潜入捜査等で人の多い所に赴く事は多々あるが、この人混みは、その比ではない。一つの市にいる人間が一ヶ所に集まった感じだった。


 全に皆で行けば怖くないと言われたものの、この人数にもなると皆と一緒にいても怖い。


 必死に全達についていく尋睹の鼓動は、どんどん速くなっていく。


 びくびくと震えながら尋睹が一生懸命、下を向いて歩いていると、不意に自身の目にズボンの裾が見え驚く。


 今日は皆、浴衣でズボンを着ている人間はいない。尋睹は、まさかと思いつつ顔を上げた。


(全達じゃない。)


 尋睹を恐怖が襲い掛かる。


 周りの声が全て自身の事を言っているように聴こえ始める。周りの目が全部自身を見ているように感じる。


 尋睹は、その場に自身を抱き締めるように腕を体に絡ませ立ち止まり恐怖に体を震わせた。


「あっ……あっ……。」


 直哉達の名を呼ぼうとするが声にもならない声が漏れるだけ。


 尋睹は祭に来た事を後悔し始める。


 やっぱり大勢の人の中に行く事が苦手な自身に祭に行く資格なんてなかったんだ。皆に心配を掛けて、祭を楽しむ時間を削らせて自身はなんて馬鹿なんだろう。


 そんな言葉が脳裏を駆け巡る。


 また、直哉に怒られるのだろうか。


 そう、思うと涙が流れそうになった。


「おいっ、尋睹!!」


 後ろから肩を掴まれ声を掛けられた尋睹は、ビクッと体を震わせ後ろを振り向く。
 
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