記念もの

□夏の終わり僕らの始まり
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 8月31日、近くの神社で夏最後の夏祭りがあると蒔琅が祭のチラシを持ってきたのが始まりだった。


「なぁ、せっかくの夏祭りやし仕事も終わったし皆で夏祭り行こうや!!打ち上げ花火も2万発って書いてあるし、絶対、行かな損やでっ!」


 チラシを会議室で寛いでいる全員に見せながら蒔琅がテンションも高々に誘う。


 見せられている人間は銘々の反応だった。


 静かに本を読んでいた全は、祭に行く事には賛成のようだが祭に行って十中八九、起こるだろう藍斗と哲史の喧嘩紛いな行動をどうしようかと悩んで深々と溜め息を吐き、全の背中に寄り掛かりゴロゴロと甘えていた哲史は、勿論、賛成のようで脳内は全との楽しい祭見学でいっぱい。セトの毛をブラッシングしていた藍斗は、言うまでもなく賛成で浴衣を買いに行こうと全を誘い出す始末。パソコンであちらこちらの機密情報をハッキングしていた直哉は、口には出さないが賛成らしくパソコンに触る手つきが軽快になる。


 一方、全から借りた本に没頭していた尋睹は、人混みの中に行くのかと身震いして気乗りしていない。ガムを噛みながらサンドバッグを殴り付けていた淳は面倒臭そうな表情を浮かべている。どうやら集団で行く事が嫌なようだ。煙草を吹かしながら退屈そうにしていた澪だったが、ぐるりと見渡しプライベートでは確実に纏まりのない、この集団と外に出るのは嫌なのか、話を聞く気もないらしく詰まらなそうな表情を浮かべる。


 しかし、全員で夏祭りに行く事を諦めない蒔琅は、確実な者に念を押し始める。


「なぁ、全は行くやろ?夏最後やし、皆で何処かに行くのは楽しいと思わんか?」


「まぁ、確かに皆で行くのは楽しいけど……。」


「なんだよ、全その気の乗らない返答。行こうぜ祭!ぜってぇ楽しいって!!」


「俺、全と、祭、行く。」


「わ……分かったよ、行くよ。」


 半ば強引に誘われると、お人好しの全に断る意思は失せ、祭に行ってからの不安は残るものの楽しそうにしていた。何だかんだ言って祭に行く事は楽しみらしい。


 取り敢えず、3人の承諾を得た蒔琅は次のターゲットを選び出す。


 淳は一番、手強いので最後にし、澪は皆で行きたいと泣き脅しでもすれば良いが、それにはまだ人数が足りないので後回し。残るは直哉と尋睹だが、2人は、そう手強くもない為、蒔琅は近くにいた直哉から誘う事にする。


「直哉も行くやろ?」


「俺は……。」


 2台のパソコンを速打ちしながら直哉は口篭り、チラッと尋睹の方を見て悩む。


 素直でない直哉は、尋睹を誘って祭に行くという行動ができない為、彼が皆と一緒に行くか分からない時点では誘いを受けるか受けないかを迷うのだ。


 それを見兼ねた蒔琅は直哉の耳元で囁く。


「俺が絶対、尋睹を誘うさかい安心しとき。せやさかい行こう、なっ?」


「誰も、そんな事、気にしちょらん!!……祭には行く。」


 顔を真っ赤にして蒔琅を睨み付けた直哉だったが、行き成り大声を出した為、周りの視線を集めてしまった事にぷいっと顔を逸らし小さな声音で誘いを受けた。


 それに満足そうな笑顔を向けた蒔琅は、未だに本に没頭している尋睹の所に移動する。



「全達も行くんやし、尋睹も行くやろ?祭。」


「えっ、でも俺、人混みは苦手だかんら。」


 本に栞を挟め断ろうとする尋睹に全が、ゆっくりとした足取りで近付き、彼の肩に片手を乗せた。


「行こうよ、尋睹。せっかくのお祭りだし大勢で行けば怖くないよ。」


「……全が言うなら行ぐ。」


 にっこりと微笑む全の言葉に行く気になった尋睹は小さく頷いた。それを聞いた直哉は気付かれないように安堵の息を漏らす。


 残るは、澪と淳だけ。蒔琅はチラシを持って彼等の元に近付く。


「分かった。俺等も行く。」


「馬鹿に騒がれるのは耳障りだからな。」


「よっしゃっ!!ほな6時に出発で、支部入口集合やでっ!服装は、やっぱり浴衣やろ。」


 淳の言葉にムッとした蒔琅だったが、下手に文句を言って祭に行けなくなっては困ると、ぐっと堪え場所と時間を指定すると、さっさっと会議室を出て行った。


 それからは、全員、祭の準備だった。誰一人として浴衣を持っていないのに蒔琅の言葉に反対しなかったからだ。


 しかし皆、浴衣を着る事には賛成らしく、挙って浴衣を買いに街へと繰り出した。
 
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