記念もの

□君と出会った日
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「あっ…………。」


「えっ!?」


 思わず哲史の口から声が漏れ全は驚いた表情で哲史を見詰めた。


 自身よりも少し小さな背。


 少しだけ見上げるように見てくる全の目を見詰めながら哲史は口を開く。


「誰か、待ってる?」


「えっ、あっ、いや……。誰も待ってないよ。知り合いが入署してないか探してただけ……。」


「いた?」


「ううん。警官になってるかも分からないんだ。俺のただの小さな期待。君は、誰か待ってるの?」


「別に。」


 微笑んで見せる全の目が寂しそうに見えた哲史は、素っ気なく答えると彼の隣に同じように壁に凭れ掛かった。


 普段は誰かに興味を持つ事など皆無なのだが、全には何故か興味が湧いた。彼が辛い影を微笑む顔の裏に落としているからだろうか。それとも彼をそんな表情にする人物に興味が湧いたのだろうか。何にせよ哲史は、そこに立ち止まり見届ける事を決める。


 講堂から出て来る人達を見ている2人に会話などなかった。否、ある筈がなかった。


 もともと哲史は人付き合いが得意な方ではなく、こういった時にする会話など持ち合わせていなかった。


 一方、全は講堂から出て来る人達を見るのに必死で会話をする余裕などないようだ。


 出て来る人間が減り、最後の一人が出て来ると全は短く溜め息を吐いた。その行為で哲史は彼の待ち人がいなかったと知る。


「はぁ、やっぱり居なかったよ。…………ごめんね、一緒に居てもらったのに。」


「別に、一緒、待って、ない。」


「あっ、あぁ、そうだね。でも、此処に居てくれて有り難う。少しだけ気が楽だった。」


 苦笑いを浮かべた後、穏やかに微笑んでお礼を言う全を無表情のまま見詰める哲史。


 今まで自身の周りにいた人間は、自身の素っ気ない表情と言葉に何かしらの言葉を掛けてくるのに全は掛けてこない。それが珍しくて哲史は、もう少し全の側に居たいと思うのと同時に疑問に思った。


「あんた、俺の、態度、何とも、思わない?」


「えっ、初対面だし別に何とも…思わないけど。もしかして俺に何か訴えてた?」


 首を傾げ訊く全に哲史は首を振って、違うと伝える。


 それに全は、“そっか”と答えるとぼーっと窓の外を眺めていた。


 この後は昼食の時間で急ぐ必要もないが、あまり遅くなると食べる時間がなくなる。哲史は空腹ではないものの彼を昼食に誘おうと口を開く。しかし、彼の口から言葉は出ない。全が、あまりに切なそうな表情をしているからだ。


「あんた、待つ人、どんな人?」


 切なそうな表情をしている全に訊くべき事ではないと分かっていたのに哲史は思わず訊いてしまう。


 きっと不機嫌な表情をするのだろうと思った哲史は彼に謝ろうと彼の顔を見る。だが、全の表情は不機嫌どころか頬を赤らめて、はにかんでいた。


「一言で言うと大切な人、かな。」


「いつか、会える。」


「えっ、あっ、有り難う。……君って優しいね。」


 にっこり微笑んで言う全の言葉に哲史は驚く。今まで、“優しい”と言われた事がなかったからだ。


 表情一つ変えた事もなく自身から誰かに声を掛けた事がない哲史には仕方がない事だった。哲史自身、誰かに何かを求めた事もなく寧ろ人を寄せ付けようとはしなかった。


 郁杜は半ば強引に側に居るだけで哲史自身が側に居る事を許したわけではない。


 哲史は全なら側に置きたいと思った。否、側に居たいと思った。


 彼なら自身の知らない部分を見付けてくれるかもしれないと感じたからだ。


 もしかしたら、もっと人らしい人間にしてくれるかもしれない。


 哲史は、期待を胸に全と仲良くなろうと口を開く。


「俺、し……。」


 自己紹介をしようとした哲史の言葉は途切れる。廊下の先から郁杜の自身を呼ぶ声が聞こえたからだ。


 何故か、彼に全と一緒に居る所を見られたくなかった哲史は全の方を見て、


「俺、行く。」


 と素っ気なく言って郁杜の方へ走った。
 
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