記念もの

□君と出会った日
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 桜は、まだ5分咲きという頃。


 新澤署では新入署員の入署式が開かれていた。


 広い講堂も人数が多いせいか狭く感じる。


 来た順に並べられたパイプ椅子の前から座った新入署員は、静かにステージを見る。


「えー、君達も今日から市民を守るべき警察官になった。」


 ステージの上で署長の上総が哲史達新入署員に向けて祝いの言葉を述べ始める。それを哲史は無表情のまま小さく退屈な欠伸をした。


 哲史だけが退屈そうにしているわけではなかった。彼の周りにいる新入署員の殆どが退屈そうな表情を浮かべ上総の言葉を聞いている。


 そんな中、一人だけ目を輝かせ上総の話を聴いている成年がいた。それが全である。哲史は周りの人間と違う感じのする全から目が放せなくなっていた。


 深い海の色をした髪と目。見た目は女性とも取れるが、着ている服は男物で女性の着るそれではない。


 式の間ずっと全を見ていると視線を感じたのか彼が哲史の方を見る。彼と目が合った哲史は、勢いよく目を逸らした。そして彼が元の位置に顔を戻したのを見越して再び彼の方に視線を戻した。


 予定通り式を終え、ぞろぞろと署員が講堂を出て行く中を哲史も静かに歩いていた。


 郁杜から講堂の中で待つように言われていたが、面倒に思った哲史は彼の言葉を無視して講堂の外まで来ていた。


 ふと、彼の足が止まる。


 講堂の壁に凭れ掛かって出て行く人を眺める全の姿が目に映ったからだ。
 
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