短編集
□放れない 放さない
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毎日、毎日、決まった時間に決まった電車に乗り、決まった道を通って帰る。家に帰っても出迎える家族は、おらず自炊はお手のもの。31にもなろうとしているのに色恋の話はなく、恐らく結婚はしないのだろうと俺は勿論、両親も諦めている。
まぁ、親は弟が、できちゃった婚で早々に結婚し実家の造り酒屋まで継いでくれたから俺のことなんて半ば、どうでも良いというのが本音だろう。
これでも、一応、長男なんだが……。
とも思うが、次男が家を継いであまつさえ次の跡取りも誕生したのだから、俺の立場なんて肩書きだけで形はない。
疲れた体を引き摺るように自宅アパートに戻るとドアの前にワインレッドの髪を逆立てた男が座り込み膝に顔を埋め眠っていた。
顔が見えないから知り合いなのか分からないが俺の周りに髪を染めている人間はいない。
何が、どうして、この男は俺の家の前を陣取って寝てるんだ。
「おい、君、そんなとこで寝られると困るんだが……。」
男の前に屈んで肩をポンポンと叩くと彼は、顔を上げ薄く目を開けた。
やや平行で切れ長な目。整った顔立ち。結構な美男だ。
「ん……もう、俺、歌えない。」
今にも泣きそうな目で言うと、また眠ってしまう。
夏場とはいえ、こんな場所で寝かせておくわけにもいかず、俺は疲れた体に鞭打って彼を抱え上げると部屋に入った。
取り敢えず、セミダブルのベッドに彼を寝かせると俺は夕食を作るべく台所に立つ。
今日はタコと海藻、胡瓜の酢の物と金平の牛肉巻き、ホウレン草と麩のお吸い物にしよう。料理が好きな俺は、疲れていても3食きちんと作る。栄養のバランスも考えていたりもする。
ただ、こういうのは女性には不評らしい。会社での俺に対する評価は、夫にしたくない男。家庭的な人間ばかりなのだから当たり前の結果とも思うが、実際に聞くと多少なりとも凹む。
料理をしながら嫌な事を思い出した俺の口から自然と溜め息が漏れる。