月の祈り人

□第3話
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「記憶……喪失?」

 ポツリとシキがこぼした単語に、カスティアは目を細めた。
 改めてリラに向き直る。

「本当に何も思い出せないのですか?」

「……はい」

 怯えた銀の瞳が、カスティアを見つめる。

「覚えてるのは名前だけ……。これはまた……」

 カスティアは小さく息を吐いた。
 本当に今日は厄介な拾い物が多い。

「あ……の、カ、カスティアさん……?」

「はい?」

「僕……どうしたら、いいんでしょう……」

 青白い顔で俯くリラを見て、カスティアは立ち上がった。
 リラの隣に座り直し、顔を覗き込んで微笑んだ。

「とりあえず、お医者様に診ていただくことにしましょう。街まで責任持って送りますよ」

「カスティアさん……」

 リラの瞳が僅かだが明るさを取り戻した。
 ぎこちない笑みで応える。

「今は眠りなさい。明日は早くに出発しますから」

 言いながら、カスティアはリラから少し離れた位置に座り直した。
 もそもそと毛布にくるまるリラを横目に、荷物からハープを取り出す。
 音を確かめるように軽く鳴らして、すうっと息を吸う。

 ──美しい調べが夜の森に広がった。

 騒がしかった虫の音も今は止み、森に息づくすべてのものがその音色に聞き入っているようだ。
 心奪われる歌声なのに、不思議とリラの瞼は徐々に重くなっていく。
 まるで眠りに誘われているかのように。

 ──やがて静かな寝息が聞こえ始め、カスティアはハープを置いて小さく息を吐いた。

「キレーな声やなあ」

 横からかかったシキの声に、不覚にも驚いた。

「……それはどうも」

「しかも、不思議な声しとるんやな。わいもちょっと眠くなったわ」

 ふわあ、とあくびをして目をこする。
 押し黙ったカスティアを見て、そういえば、と手を打った。

「まさかあんたがリラ助けるとは思わんかったわ」

「まあ、ひどい」

 わざとらしくカスティアは目を見開いてみせた。

「私は見ての通り心優しい人間ですから、当たり前のことをしただけですよ」

 しゃあしゃあと言ってのけるカスティアに、シキは疑いの眼差しを向ける。

「得にならんことはせん主義じゃなかったんか〜?」

「そんなこと言いましたっけ?」

 覚えてないですねーと言いながら、さっさと寝る支度を済ませた。

「見張り、お願いしますね」

 にっこり笑顔でそう告げる。
 がっくりとシキはうなだれて、それを肯定と受け取ったカスティアはそのまま眠りに落ちた。


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