月の祈り人
□第8話
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「何で! あんた、寝てるはず……!」
「悪いなぁ」
うーん、と伸びをしながらシキは笑った。
「嬢ちゃんが入れた睡眠薬なら効いてへんよ」
「まさか……。だって、入れた料理食べてたじゃない!」
動揺を隠せずにいるリディアに、シキは立てた人差し指を振ってみせる。その顔には不敵な笑みが浮かんでいた。
「わい、そーいう薬とかは効きにくい体質でなぁ。嬢ちゃんが何か入れたのは気付いとったけど、わざと食べてみせたんや」
その方が油断すると思うてな、と続いた言葉に、リディアの顔が怒りに真っ赤に染まる。
そんな彼女の様子などお構いなしで、シキはリディアの手から落ちた小瓶を拾い上げた。匂いを嗅いで、ペロリと一舐めする。
「おっと、物騒な嬢ちゃんやなぁ。睡眠薬と思たら、立派な毒薬やないかい」
たった数滴で人間一人を殺せるほどの猛毒だった。
「……それすらあんたは平気なんだ」
「せやな。ご覧の通り」
にっと笑うシキを、リディアは鋭く睨みつけた。
「……化け物」
「せやなぁ。自分でもたまに思うわ」
自嘲気味に呟いて、シキは店内に視線を向けた。
静かな店内だ。二人の会話は筒抜けで、店内中の視線が集まっていた。
「あれ? 二人ともどうしたんですか?」
そこへリラが戻ってきた。
漂う張り詰めた空気に、眉をひそめる。
「えっと、何かあっ……」
「あんたのせいよ!」
リラの言葉を遮って、リディアが叫んだ。キッとリラを睨む。
「リ、リディア?」
「あんたがいるから私は……!」
事態を飲み込めないでいるリラを見つめる瞳は、ただ憎しみに満ちていて。
その眼差しの強さに、シキすら息を呑んだ。
「私の方が祈りの力は強いはずだもの。何であんたが……」
祈りの力。
その言葉にリラは目をみはった。
問いただそうと口を開くも、声を発する前にリディアが叫ぶ。
「リラなんか大嫌い!」
「リディ……ア」
覚えていないから懐かしさもない。
妹というのも嘘かもしれない。
それでも、リディアの言葉の刃はリラを傷つける。
「……今日は退かせてもらうけど、次に会った時には……覚悟しなさいよ」
冷静さを取り戻したリディアが、とんっと壁に背をついた。
「出口はこっちやで、嬢ちゃん」
「そうね。でも……」
リディアは妖しく笑った。壁についた手が淡く光る。
刹那──ズブリ、とリディアの体が壁に沈み込んだ。
「私には関係ないわ」
その言葉を最後に、リディアの姿は壁の向こうへと消えていった。
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