文


□ 無視の代償
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「やっと帰ったわ。」

少女の部屋の窓から、猫が城を出る姿を見下ろす。生首の底知れぬ哀しみは、少女には伝わっていないようだった。



生首は、猫が居なくなって初めてすっかり猫に依存していた自身に気がつく事ができた。




チェシャ猫、

呼び止めたくても猫の姿はどんどん小さくなって、とうとう見えなくなった。絶望感を味わっていた生首は、しかし、突然救いの手を差し伸べられる。それは少女の放った一言だった。

「これでアリスは一生幸せだわ。貴方はちっとも可哀想なんかじゃないのよ。」


それは思いもよらなかった言葉。
しかし、ずっと待ち望んできた言葉。




少女は優しく生首に頬ずりする。

「幸せ、わたくしのアリスは、幸せ。」


少女は「幸せ」、「幸せ」、と繰り返す。「貴方は可哀想じゃない」と生首に言い聞かせる。生首は何も言えない。目も鼻も口も動かす事ができない。少女の目から静かに涙が零れ落ちていくが、少女はまるで気にしない。感情に関係なく、勝手に溢れては頬を伝っているようだ。



少女は優しく生首を撫でる。涙を止めることなく、幸せだと繰り返しながら、生首を撫でる。貴方は可哀想じゃない、と少女は呟き、壊れ物を扱うように、可哀想なものを撫でるように生首を撫でる。



その撫で方と手の平から伝わる体温から、生首は少女が自分を正確に理解している事を悟る。心が喜びと安堵とで満たされていくのを感じる。猫の事など既に頭の片隅にもない。















少女は生首を撫でる。「幸せ」を繰り返しながら、生首を撫でる。貴方は可哀想じゃない、と少女は呟き、壊れ物を扱うように、可哀想なものを撫で続ける。












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2010/03/04
もしも亜莉子が悲劇のヒロインだったら
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