文


□ 無視の代償
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生首は確かに怒っていたが、その感情を猫に伝える事はできなかった。目も鼻も口も動かせない為、文句を言う事はおろか、眉もひそめられず、涙すら流せなかった。





「僕のアリス、あぁ、可哀想に。アリス。僕のアリス。」

猫は、生首がどれだけ可哀想という言葉に敏感だったか知っていた。父が死んだ時、母に虐待された時、周囲の人間から発せられる可哀想という言葉が、生首にとってどれほどの苦痛だったか知っていたし、生首は過去に可哀想よりも自殺を選択した事も知っていた。そして、可哀想という言葉では可哀想な人を救えない事もちゃんと知っていたのだ。

それでも、猫はこの生首には可哀想以外に似合う言葉は無いと思った。事実、生首は何も悪くなかったのだ。誰の迷惑にもならないように細心の注意を払い、自分の幸福よりも他人の幸福を望む人間だった。そんな人間が生首にさせられてしまった事を、猫は可哀想以外で適切に表現できる言葉を知らなかった。





生首は怒っていた。愛する猫が、結局自分の事を何も理解してくれていなかった事に失望した。

私は可哀想なんかじゃない、と伝えたかった。







「導く者のくせに、僕のアリスだなんて図々しい。」

しんと静まり返った城に、幼い少女の可愛らしい声が響いた。

「貴方のではなく、わたくしのアリスよ。」

彼女は生首を胸に抱き、挑発するように猫を見た。その姿は、まるで小さな子供が大好きな玩具を独占するようだった。


「いつから君のアリスになったんだい。」

猫は低い声で言うと、少女の腕の中に居る生首を撫で、僕のアリス、と優しく囁いた。

少女は急いで猫の手を払う。

「汚い手でアリスを触らないで!」

少女の甲高い叫び声は、猫をも一瞬怯ませた。


「首だけの姿になるように導いたのは貴方よ。恨むのならば自分を恨みなさい。」

猫の動作が停止する。
少女は勝ち誇った顔で生首を抱えたまま二階の自室へ向かう。
猫が追い掛けて来ない事に、生首がもう一度、失望する。









 
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