文


□ 幸福論
1ページ/1ページ







「……チェシャ猫。」


真夜中の公園で、先に沈黙を破ったのは少女の方だった。



「決めたのかい?」

「…うん、もう迷わないわ。」



少女の言葉に猫は喜びを隠しきれず、笑みを深くした。彼はとうとう少女の一番になることを許されたのだ。



「チェシャ猫は、私を愛しているんでしょう?」

「愛しているよ。」

「私を守ってくれるんでしょう?」

「ずっと君を守ると約束するよ。」

「…そう。」



誓いの言葉が聞けたことで、少女の中で堅く絡まっていた何かが一気に解け、もうずっと我慢していた涙がやっと溢れ出てきた。


「違うの、幸せなの。」


心配した猫が何か言う前に少女は弁解した。




「幸せなのに、泣くのかい?」

「涙は嬉しい時も流れるものなのよ。」


この猫の前ではそういう涙を流したことがなかったことに今更気が付き、少女は少し申し訳ない気持ちになった。



ふいに猫が少女の頭を撫でた手はどこかぎこちなかったが、まるで親が子にやるように愛情がこもったそれに、少女の涙はいよいよ止まらなくなる。


「チェシャ猫、好きよ。大好きよ。」

「僕もだよ、アリス。」


涙は相変わらず流れたままだったが、自分が決断するまで待ってくれた猫をこれ以上焦らすのは可哀想だと思い、少女は猫に抱きつくとゆっくりと目を瞑った。

それを合図に猫は少女を抱き締め、まず涙を舐めとった。やっぱりアリスは甘いね、と囁いたが少女からの返事はなく、代わりに少女は目を閉じたまま微笑んだ。それを見て、猫は少女を抱き締める力を強くし、そのまま首筋に喰らいつき、ザクザクと少女の肉を噛み切る音を静まり返った公園に響かせた。















―――やがて涙も止まり少女の命が尽きた頃、存在意義を失った猫は少女を完全に食すことなく消滅した。



地面には物体となった少女の残骸だけが転がっていた。










-------------------
2009/12/15

それでも最期は二人とも確実に幸せだった

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ