文
□ 赤い海
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今なら死ねる
猫は、ぼんやりと確信した。
海は歩けるものだが、いつかの少女のように、今の自分にはそれが不可能だと悟ったのだ。
アリスの痛みに同化して死ねるなら本望だ。
入水しようと一歩赤い海に近づいた時に、強く後ろへ引っ張られた。驚いて振り返ると、顔を赤らめた少女が猫を見上げていた。
「チェシャ猫、肩車…して?」
「肩車?」
言いながら、自分は振り返った時もちゃんと笑顔でいられたかどうか心配になる。
「そうよ、私は海を歩けないもの」
「アリスは変わっているからね」
もう、と上目遣いの彼女が頬を膨らませる。
「おいで」
自分が何かを忘れている気がしたが、思い出せない。腰を屈ませ、彼女の手を引く。
「チェシャ猫!」
左側から名前を呼ばれて目を遣ると、アリスが立っている。
「…アリスが二人?」
言いながら、彼女の小さな手を引いたはずの自分の手が、何も掴んでいないことに気がつく。
「チェシャ猫でも幻を見るのね。もう、血の海は人を惑わすって教えてくれたのはチェシャ猫でしょう?」
彼女がクスクスと笑う。
「…そうだったね」
「私の幻を見たの?」
「そうだよ」
「ふーん…。ねぇ、貴方は導く者なのに、幻の私と本物の私の区別がつかないの?」