□明日、君はもう居ない
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[明日、君はもう居ない【前編】(アカカイ)]

いつからか触れる事を拒まれて。

次第には話す事まで拒まれて。

一緒に暮らしているのに、隣にいるのに、手を伸ばせば届くのに。

この世で最も遠い存在に感じてしまって凄く歯痒い。

終わりのサインにはとうに気付いていたけれど、
徹底的な一言が無いのをいい事に、俺は一縷の望みを懸けた。


だがとうとう最後の日は容赦無くやってきて。


「嫌いだ。
お前なんて、嫌いだ」

「二度と俺の前に顔を見せるな」


カイジさんこそが全てだった俺の足元はぐらりと揺らいだ。


急に必要になって借りたなんも無いワンルームで、カイジさんの事だけをただひたすらに考える。


「…あんなに好きだって、言ってたじゃない」


ごろりと寝がえりを打って目を閉じる。

起きたらどうかこれが夢で在ればいい。

ひやりとしたフローリングに寂しさを感じた。



想い出になんてしたくないよ。






寝ていると一本の電話。

俺は飛び起きた。

だって唯一設定していたこの着信音は…!!

「カイジさんっ…!!」

もしもし、と急いで電話に出る。

『……金、忘れてる』

今まで稼いだ全ての金が詰まった鞄。
ひっそりと窓際に置いてきた。

「違うよ、カイジさんにあげようと思ってわざと置いてきたんだ」

『余計なお世話。
早く取りに来い』

「…………!!」

顔が緩んだ。


―――もしかしたら、カイジさんはまだ未練があるんじゃないだろうか。

金を取りに来いなんていうのはただの口実で、本当は…!


そんな俺の浅はかな淡い期待は、会った瞬間ズタボロに切り裂かれた。

「ほらよ」

「……部屋、入れてくれないの?」

玄関先で金の詰まった鞄を半ば乱暴に手渡される。

「なんでだよ、渡したんだからそんな必要ねぇだろ。
それ持ってとっとと帰ってくれ」

「なんで…?」


解らない。
だって理由なんて、まだ一つも聞いていない。


「…俺、悪い所あったなら直すから。
カイジさんが嫌がるならギャンブルだってもう二度としない、寂しい思いだってもう二度とさせない」

「そういう事じゃねぇ」

「じゃあどういう事なの、俺にもちゃんと解るように説明してよ!」


理由も聞かされず急にさよならなんて、理不尽過ぎる。


「カイジさん…」

「やめてくれ、もう。
これ以上俺を振り回さないでくれよ」

「気持が変
わってしまう前に…消えてくれ」

「やだ、嫌だ!
今俺がここを出て行ったら、本当にもう一生カイジさんに会えない気がする」

「アカギ」

「……やめてよ、なんで急に嫌いだなんて言うの…!」

「……お願いだから、帰ってくれ。」

無理矢理ドアの外に押し出され、すぐに鍵をかけられた。


「…………」


無意味な金の山。

俺一人でどうしろって言うんだよ。




それからというもの、俺は毎日の様に雀荘で金を毟った。
意味の無い金。
でも俺にはもう他にやる事など何も無い。

半ば取り憑かれた様に来る日も来る日も毟り続けた。


そんなある日、雀荘にズカズカと乗り込んできた場違いなガキ。

「まだ…こんな所にいたの」

……零。
カイジさんが、よく面倒を見ていたガキ。

「…何しに来た」

目を合わせず麻雀を続ける。

「病院。急ぎなよ」

「病院…?」

何かは解らないが、とにかく嫌な予感が走った。

「…俺からは言えない。
でもこれだけは言える。
カイジさんは今でもアンタを愛してる」

「は…」

涙声の零の言葉に、思わず牌を持ったまま手が止まった。


……訳が解らない。

だが零の必死な声色で、ただ事じゃない事態が起きているという事だけは伝わってきた。


「今行かなきゃ、きっと後悔する…!」

「なに、泣いてるんだ…」

「いいから、行ってよ。
隣町の大きな総合病院っ…!」


カイジさん?
病院?
…まだ俺を愛している?


繋がらないフレーズ達に戸惑いながらも、第六感とも言える何かが俺を駆り立てた。


「…みんな悪いけど、続きはまた今度って事で」

「あっ、おいアカギっ!!」

急いで外に飛び出てタクシーを拾い、隣町の病院へと急ぐ。

そこは真新しい綺麗な病院だった。


「伊藤開司っ!!」

「え?」

「伊藤カイジの病室は!?」

「は、はい、少々お待ち下さい」

ファイルの様な物を取り出しノロノロとマイペースに調べている看護婦に苛ついた。

「えぇっと伊藤さんの病室は、そこの突き当たりを右に行った所にある部屋です……あっちょっと!
院内では走らないで下さい!!」

突き当たりを右。

そこを曲がればカイジさんが…!

病室の入口には「伊藤」というネームプレートが貼られていた。


「カイジさんっ…!!」

そこには、病院服に身を包んだカイジさんが
ベッドの上で体を起こしていた。
心なしか少し痩せている。

突然現れた俺に驚いた様子も無く、静かにはにかんだ。

「なんだ、もうバレちゃったのか」

「バレたって…何が…!」

「見て解らないか?
病気なんだよ、俺。」

「…………」

「お前には内緒にしときたかったのにな…」

乾いた笑いを洩らす。


…違う、そんなの本心じゃない。

カイジさん、俺には解るよ。

本当は俺に気付いて欲しかったんだろう?

だから零に話した。
零ならきっと俺に伝えてくれると期待して。

そうだろ。
そうなんだろう?


「まぁとりあえず座れよ」

言われるままに、ベッドの横にある小さな椅子に腰掛ける。

「病気って…何…!
俺そんなの一言も聞いてない」

「うん、言ってなかったからな」

「カイジさんっ…!!」

その時、主治医らしき先生が病室に入ってきた。

「あれ?今日はいつもの男の子じゃないんだね」

「…丁度良い、先生から直接話して貰えよ。
俺の病気の事」

その言葉に俺は医師の方を見た。

「…困ったな、誰にでも気安く話せるものでも無いんだ。
君は伊藤君とどんな関係なの?」

「どんなって…!」

もう別れたから、他人…なのだろうか。

少し考えていると、カイジさんにグイッと腕を引っ張られた。

「俺の、恋人。」

少し赤くなりながらも、カイジさんは満面の笑みでそう告げた。


恋、人…!!


医師は顔色一つ変えなかった。

「…そうかい。
じゃあこっちに来てくれるかな」

俺達が男同士だという事には何も触れず、俺は別室へと連れて行かれた。


「今から言う事は君にとってかなりキツイ話になると思うが、最後まで聞いてくれ。」

「…はい」




それはもう治る事のない病気だった。

手始めに手が動かなくなり、耳が聞こえなくなり。
次第に喋れなくなり、歩けなくなり。

その先?
……いつまで持つか解らない植物人間。

本当に耳を塞ぎたくなる様な事ばかり散々聞かされた。

もうカイジさんの病気は100%治らない事。
そしてそう遠くない将来、死んでしまうという事も。


病室に戻るのには勇気が要った。

…どんな顔して戻ればいいんだ。

何回か深呼吸して、病室に入る。

「…聞いてきた」

「うん。
な、別れて正解だったろ」

「…は…!?なんで…?」

「なんでって。

だのお荷物じゃん、俺。
お前には迷惑掛けたくなかった」

「迷惑だなんて…!」

「それに、見せたくなかったんだ。
日に日に弱っていく俺を。」


……黙ってしまった。


そんな辛い決断をしていたなんて。

独りで、死ぬ準備を進めていたなんて。


「……別れないよ」

「なんでだよ。
さっき先生の話聞いたろ、あと一年位で死ぬんだ、俺。」

カイジさんが笑う。

「いいよそんなの!それでも俺の側にいてよ!」

「…もうすぐ立てなくなる」

「そしたら俺がカイジさんの代わりになんでもやってあげる…!」

「目も見えなくなる。」

「カイジさんが見たいもの全て、俺が伝えてあげるよ…!」

「…話せなくなる」

「なら何万回でも抱きしめる、キスをする。
言葉なんか無くたって、お互いの愛なんて伝わるよ」


必死な俺に、カイジさんが笑った。

「変な奴…!」



それから二、三ヶ月は落ち着いた日々が続いた。
以前までのカイジさんと何も変わらず、病気だという事さえ半分忘れていた。

だが、四ヶ月目に入ってから事態は急転した。

痛い、痛いとのたうち回る様になったのだ。

「カイジさん!
どうしたの、どこが痛いの!」

「い、いたいっ、いたいぃっ…!!
いた、い、アカギ、痛いっ…!!」

涙を流しながら俺にすがりつく。
痛さの余り俺の腕にがっちりと爪を立てていて、俺の腕は赤く滲んだ。

「こんな痛いなんて、知らなっ…!
っい、痛い、いたい、いたいよアカギっ!!」

「……ッ!!」

これ以上見ていられない。
俺は直ぐ様ナースコールを押した。


看護士や主治医の先生もこの痛がり方をただ事じゃないと見て、俺は席を外させられた。

40分後、今度は俺が別室へと呼ばれる。

「今は鎮痛剤でどうにか抑えているけど、もっと病気が進行していくと今度は薬が効かなくなってくる」

「もっとって…!
今はどの位の段階なんですか?」

「まだ二段階目位でしかない」

くらりとした。

二段階目であんなに涙を流して痛がっているのに、まだまだ酷く…?
しかも、鎮痛剤が効かなくなるだなんて、そんな惨い話があるかっ…!

思うが先か、俺は医師へと掴みかかっていた。

「何とかしろよ!!
お前、医者だろうっ…!!」

「私達にも出来る事と出来ない事がある。
ただ、一つしてやれるとしたら…!」

”安楽死”。

そう医師が呟いた。

「全ての痛みを止める事が出来る代わり、その副作用で早ければ翌日に死ぬ」


………死…?


「死ぬ間際まで痛さに藻掻き苦しみながら耐え続けるか、早い死と引き換えに全ての痛みを無くすか。
二つに一つだ」

「どっちにしても…!
死ぬんじゃねぇか…!!」

「…最後に決めるのは彼だ」

一枚の紙を手渡された。

それは安楽死の承諾書。

一番下にはカイジさんの名前と判子が押してあった。

「なん…で…!!」

俺には解らない。
どちらを選ぶのがカイジさんの為になるのか。

拳をギュッと握って、無力な自分を呪った。


「あ、アカギ」

病室に戻ると嬉しそうな顔で俺を出迎えてくれた。
鎮痛剤がよく効いているらしく、もう痛がっていない。


「俺、明日死んじゃうんだってさ。」

へら、と笑う笑顔が痛々しい。

堪らずきつくきつく抱き締めた。

「い、痛いよアカギ…!」

カイジさんが笑う。

「もう帰ろう。
帰ろうよ…!」

「…うん。
俺も帰りたい」


その日、全ての治療を中断した。

家に帰る間、カイジさんはずっとぴったりくっついたまま。

「寒いな」

「うん…!」

二人でこうやって家へ帰るのは、多分最後。

この瞬間を忘れたくなくて、俺は目に映るもの全てを必死に焼き付けた。


部屋に着くと、懐かしい匂いが鼻をくすぐった。

俺が居なくなったままの部屋。

歯ブラシも、コップも、枕も、全部俺の物が残ったまま。


「なぁカイジさん。
俺、明日以降ここに住むわ」

「今のアパートは?」

「借りたばっかだけど引き払う」


”明日以降”。

それは”君が死んだ後”と全く同じ意味を持つ言葉だった。
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