Euthanasie.

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ふわり、となめらかな浮遊感を感じた。
まるで、あたたかな空気に抱きしめられているみたいに心地良い。
沈んでいた意識をゆっくりと起こす。
テレビの音はもう聞こえない。
ぼんやりとまどろんでいれたのは、ほんの数秒だけだった。
スッといきなり体が落下し始めたのだ。
突然のことに脳は慌てて覚醒するも、体は動かずに重力だけは素直だった。
一瞬ピリッと肌に電流が走る感覚のあと、私は床に体を思いっきり打ち付けた。




強い衝撃で、肺に含まれていた空気が一瞬石のように固まった。
ああ、痛い。
臓器が悲鳴を上げ、腹部を手で押さえる。
空いた左手が床  倉庫を連想させられるでこぼこな石の床だ  に触れた。

ここはどこだろう。
疑問と共に顔を上げると何と人がいた。
その人は、髪も服も靴も(もしかしたら靴下もそうかもしれない)真っ黒で、私を凝視して固まっているようだった。
どうやらその人も私と似た心境らしい。
スケプチックな空気が、私と真っ黒な彼とを取り込んでいる。
言葉は、情報はすぐに得られそうにないな。
騒がしい心を早く落ち着かせよう。
まず、それが一番必要だと思った。
私は注意深く辺りを見回して、なるべく自分の周りの情報をかき集めようとした。
そして出来るだけ、戸惑い揺れる心情を押さえつけようとした。

籠もった匂いにアルカイックな本棚や鮮やかさと共に瓶詰めにされた様々な物。
それらは明らかに異質で、ひしめき合いながら私を否定するように並んでいた。
少なくともここは外国なのだろう。
そろそろ心は落ち着いてきただろうか。
詳細を求め、私は黒い人に声をかけた。

「すみません、ここはどこですか?」

自分でも驚く程落ち着いた声だな、と悠長にそんなことを思う。
一体日本語が通じるかと不安を感じたが、黒い人は私の声に硬直していた体をビクリと警戒するように動かした。


「どうやってここに入り込んだ?」

残念な事に私の求めた回答は見事に流されてしまったようだ。
苛立ちを殺しきれずに、しかしあくまで私は丁寧にその質問に答えた。

「分かりません。
ただ私はさっきまでテレビを見てました」

「テレビ」という単語に目の前に威圧的に立っている黒い人は僅かに反応し、キッと私を咎めるように睨み付けた。
視線が私に突き刺さり、泥棒にでもなってしまったかのような気分だ。
閉じられてた口がゆっくりと開かれるのと、向かいのドアが開かれるのは同時だった。

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