Euthanasie.
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ハリーの手当てが落ち着いた後、ダンブルドアに呼ばれて誰もいない大広間へと向かった。
まだ早いこの時間に生徒はいなくて、教師ですら一人もいなかった。
近くの椅子に腰掛けて、ダンブルドア校長と向き合う。
ああ、以前彼とこうして向き合ったことがあるな。とぼんやり思い出した。
「何から話そうかの。
そうじゃ、手紙を送ってくれたことに感謝せねばならんの」
そう言って、昨日の昼間に書いた手紙をどこからともなく取り出す。
校長の手の中にあるそれは、補習授業の後、居ても立ってもいられなくなって校長にふくろう便で送った手紙だ。
その紙切れが、一体何に成り得ただろう。
舞台に上がる勇気も、監督である貴方に直接会う度胸も、私は持っていなかった。
私が目を伏せて、ゆっくりと首を横に振ると、目の前の老人は悲しそうに微笑んだ。
「君には随分と惨いことをしてしまったの。
リリーベル、君の考えがここまで行き着くとは思っていなかったのじゃ。
大した洞察力じゃ」
そう言って、皺だらけの大きな手が俯く私の頭を優しく撫ぜる。
私は伏せていた目を漸く開き、自分の緑の目を校長の薄水色のそれに映しながら、ゆっくりと口を開いた。
「私は何も出来ませんでした」
「それは違う」
きっぱりとダンブルドアが否定する。
優しい人だと、その真っ直ぐな瞳を見つめて確かめるように瞬きをした。
この老人は、生徒の誰にも優しいのだ。
彼は言葉を続けた。
「よいか、リリーベル。
決して、自分を責めてはならぬ。
わしを信頼して、最後まで見届けてくれて嬉しいよ」
「介入する勇気がなかっただけです」
「見届ける勇気は持っていたじゃろう」
先程の張り詰めた雰囲気とは一変して、子供のように無邪気に微笑む校長に、私はやっと表情を崩した。
薄く笑った私に、ダンブルドアは満足そうに目を細める。
どうしてそれを、私は淋しそうだなんて思ったのだろう。
「のう、リリーベル」
「何ですか?」
当たり前のように校長から言葉が続くと思いきや、目の前の人にしては珍しく何も話さずに、早朝の冷たさを持つ沈黙が続いた。
それを清々しいと形容するにはあまりにも、こちらを見つめる瞳が揺れていた。
「君は、とても良い目を持っておる」
じゃあどうして、そんなかなしそうに私を見つめるの。
声には出さなかった。
だって聞いてしまったら、この優しいおじいさんが泣いてしまうように見えたから。
「周りを良く見ておる。
ぼやけてしまう遠くの景色も、しっかりと君の目には映えるのじゃろう」
「見てることしか、私にはできませんよ」
だから、そんな寂しそうに笑わないで下さいと、心の中で囁きながら。
いつもの暖かく柔らかで、それでいてしっかりと芯を持つ校長とは相反する、向かいに腰掛けているその人を思った。
すると、貴方は寂しそうに可笑しそうに、いつものように笑うのだ。
「君は、とても良い目を持っている」
その割りに、あまり好んでいるようには聞こえないなぁ。
それでも、先に呟いた言葉よりも校長らしさを帯びていたから、私は安心して微笑んだ。
この目が何であろうと、私であることに変わりはないから。
「私は、校長の瞳も綺麗だと思いますよ」
「生徒に口説かれたのは初めてじゃの」
わしもまだまだいけるのかもしれん。
すっかりいつもの調子を取り戻したお茶目な老人に、私は緩やかに微笑んだ。
「ダンブルドア校長」
「何かの?」
「ハリーを助けて下さって、ありがとうございました」
すると目の前の老人は、困ったように微笑んだ。