Euthanasie.

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「リリー、日本ってどんな国?」

夕食後、暖炉の傍で本を読んでいると、チェス盤の傍らでロンが尋ねた。
いつもならハリーと一緒に対戦しているのに、今日はやっていない。
ビショップの駒を手で弄びながら、暇を持て余したロンの何気ない質問。

「個性的な国だよ。
平和で、ふわふわしている」

ふぅん、と質問した割りに興味のなさそうな返答だった。
まあ、彼にとって適当な暇つぶしだろうし。
唐突に母国について説明するとき、最初に浮かんだのは、渋谷の雑踏だった。
あの人ごみは、無人のプラットホームに置き去りにされたような感覚になる。
ここ最近、ホグワーツに来る前のことを考えていなかった分、いざ思い出してみるとなんとも言えない虚脱感に見舞われた。
ハーマイオニーのプレゼントを閉じ、私は出来るだけ思い出してみる。

硝子のコップを思わせる政府、電子機器を挟んで結ばれる友情、道行く人のぽっかりと空いた穴の両目。
大雑把に思い出したあとで、視点をどんどん主観においてみる。
定期試験になると図書館へ行く私、休みの日は友達と買い物してカラオケする私、ちょっとした反抗心で校則を破る私、何か大きな流れがあるわけでもなくただ当たり前のゆりかごに揺れて流れていく私。
薄い人生。

「平和な国で、全体的に治安が安定していて、政府に刃向かう思想は0、戦争もないよ」

「へぇ、良い国じゃないか」

ロンがビショップを弄る手を一端止めて、明るい表情でこちらを見る。
ハリーは変わらずぼぅっとしたまま、聞いているのかも分からない。

「平和で、不安な国だよ」

「言ってることがよく分かんないよ」

「それは良いことだよ」

ロンは更に分からない、といった顔でこちらをまじまじと見つめてくる。
目的がないというのは恐ろしいことだと、歴史の勉強して切に思った。
目的に戦争を置くことに賛成しているわけではない。
勿論、手段としても。
先人たちが流した労力は、今日のため。
当たり前とせず、感謝しなくてはいけない、幸福な時代に。
触れていなくても、戦争を知るだけでも価値観が変わると思う。

「平和だけでは、腐ってしまうんだよ」

笑って言う。
すると、先程まで上の空だったハリーが初めてこちらへ顔を向ける。
いつもは綺麗なはずの、でも今は色のない目が、何だかすごく嫌な気持ちにさせた。

「贅沢だね」

笑って言う。
ロンがびっくりしてハリーの方へ目を向ける。

「うん。
でも貧相じゃないだけいいよ」

笑って言った。

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