短編拳銃活劇単行本vol.1

□黒く深く悪い果実
3ページ/56ページ

「…………」
 救急車ならぬハイエースを改造した『搬送車』のリアゲートが閉まって軽い咳き込みのようなエンジン音を唸らせて走り出す。
 三木田絵利は取り敢えず安堵した。あの闇医者はいつも世話になっている。こんな夜更けに『搬送車』で駆けつけてくれる都合の良い闇医者は彼だけだ。もう70歳近いはずだ。出来るだけ長生きして欲しい。少なくとも自分が被弾しても手当てしてくれる程度にいつまでも達者で居てほしい。
 右手に手持ち無沙汰にぶら提げていたワルサーP5をデコックして左脇に差し込む。涼しげな表情とも思われがちな仕事用の顔。自分が追う賞金首に被弾させたまでは良かったが停止せずに逃げ出すとは思わなかった。計算外。その計算外を計算するのもプロの仕事だ。直ぐにあの闇医者を手配して、同居人の運び屋に自分を廃工場跡まで『搬送』させた。この辺りで潜伏するのに向いている物件は此処しかない。辺りは造成地だ。玉葱小屋なら有るが、壁は皆無に等しいので遮蔽も減った暮れも無い。逃げ果せる為には博打を打つ心算で遮蔽の陰から三木田絵利を狙撃して最後に華を飾るのが人情だ。金をばら撒いて助けを請うタイプではない人間は最期が迫ると必ず博打に出る。それに心理学的に負傷した人間は安心できる場所の象徴として屋根と壁の有る建物に潜みたがる。道路の真ん中で大の字に寝転がって全てを放り投げるのは珍しいケースだ。
 あの賞金首を組合の窓口に差し出せば大金が転がり込む。闇医者を手配した分と同居人の運び屋を手配した分を差し引いても黒になる。
 夜風が足元に纏わり付く。湿度の高い不快な風。ハイエースで搬送中の賞金首は意識が回復しても暫くは体が自由に動かないだろう。問題が有るとすれば、本格的な治療が施された後に商売敵が強奪する事態だろう。闇医者が所有する闇の診療所は不可侵領域だ。何処の誰であっても騒ぎを起こす事は出来ない。この業界の人間なら誰もが必ず世話になる職業が闇医者だ。その闇医者の仕事場で殺傷しようものなら直ぐ様、殺し屋が手配されて速やかに抹殺される。闇社会にも職業による或る種のカーストが存在する。組織の長と謂えども人間だ。人間が傷病に倒れて表の医療機関に頼れないとなるとどうしても腕利きの医者が必要になる。恐ろしいのはその医者の価値を知ってか知らずか、不可侵領域で殺傷行為を起こすバカだ。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ