短編拳銃活劇単行本vol.1

□黒く深く悪い果実
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 三木田絵利(みきた えり)は皮肉を交えた意味で頼もしい仲間と標的を追い詰めた。広い街を離れた郊外の廃工場跡。屋根は錆びが浮いたブリキ。壁は朽ち果てそうなブリキ。梁もブリキを思わせる脆そうな鉄骨。深夜2時。鉄錆び臭い。廃工場跡。廃工場ではない。その跡だ。大方の廃材は運び出されて放置されたままの、窓ガラスが割れた風通しが良い正面搬入口。深夜2時の風は身に染みる。蒸し暑い時期を目前に控えた季節。もうそろそろ上着も不要だが、今は湿度を含んだ冷たい空気が辺りを囲っている。先ほどまではこの静寂の空間も実に騒がしいものだった。ただ広いだけの空間。舞う埃。光源はブリキ屋根の隙間から差す月光のみ。
 硝煙の臭い。鉄錆とは異質の『生臭い錆び』の臭い。背を任せるには頼りない柱に人影がもたれている。そのままずるずると座り込んでしまう。この廃工場跡に逃げ込んだ瞬間に自分の運の尽きを悟った。遮蔽が無い。それに尽きる。ここで追撃者を迎え撃つ心算が全くの計算外に『何も無かった』。三木田絵利と云う女に追い詰められて30分。確かにこの界隈を少しは騒がせる賞金稼ぎを自負するだけあって執念深い。まさか自分もその賞金稼ぎの標的になるとは思ってもいなかった。末期に煙草でもと左脇腹から右手を外す。左脇腹の被弾箇所から拍動の度に血液がゆっくり流れ落ちる。この場が自分の墓場だろう。荒くれた人生の最後を飾るには充分だ。最後の最後に一矢報いる反撃を繰り出せなかったのが悔やまれる。まあ、いいさ。50年も好きに生きてきた。ここでこういう最期も悪くない。寧ろ、静かに誰にも見られずに息を引き取れるのは幸いなのかもしれない。それもこれも、このどてっ腹に風穴を開けてくれた三木田絵利に『生きた自分の体を持っていかれる』事だけは回避できそうだからだ。
 賞金稼ぎとは案外とアウトローではない職業で、西部劇のように生死を問わずと云うお触書を添えて回状が出回る事は少ないのだ。生きたまま捕らえなければ価値は皆無の場合が多い。自分に掛けられた賞金も確か、生死不問とは添えられていないはずだ。自分を殺せば、自分が死ねば自分を追う三木田絵利という女賞金稼ぎには一文も懸賞金が入らない。若しかしたら、それが死後に賞金稼ぎに喰らわせてやれる一撃なのかもしれない。最近は銃弾1発の値段も高騰してきた。数百円程度の打撃を与える事が出来たはずだ。
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