短編拳銃活劇単行本vol.1

□44マグナム
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 路地の一番奥まった場所に来ると立ち止まる。行き止まりだ。迷路のような隘路の果て。目前に南京錠が掛けられたフェンスのドアが有る。そのフェンスの右手側の壁に浮浪者の段ボールハウス。その段ボールハウスに右手を閃かせてマネークリップで束ねた数枚の万札を放り込む。暫く程も待たずに段ボールの中から何処にでも居る浮浪者の格好をした年齢の読み取り難い顔をした男が出てきて、背中を丸めながら目前の南京錠をそそくさと解除する。
 開かれた路。フェンスのドアの向こうに歩みを進める。ホンジュラスの土臭い紫煙を纏いながら開錠してくれた浮浪者を見る。その男は既に段ボールの家に見せかけた警備員室に戻り、完全に隠れていた。あの男は確実に懐に拳銃を呑み込んでいた。体臭や垢や油の臭いを鼻が曲がりそうなほどに衣服に染み込ませていたが、それは硝煙の香りを消す為だと勘繰らせた。
 フェンスの向こうにはビルの裏手。外灯が点いた裏口が一つ見える。
 そのビルの裏口から入る。雨はいつの間にか止んでいる。
「……そこで止まれ」
 裏口に入るなり、辺りが暗い中からそのような声が聞こえる。女の声だ。中年期以降の女性かと思わせる、渋みを湛えた声。人生のあらゆる苦難を噛み締めた声。
 辺りは暗い。女が踏み込んだその場所が……広さや奥行きも不明なほどに暗かった。声の反響からこの空間の形状を計ろうとするが、パーテーションのような簡易的な壁をランダムに立てているのか、判然としない。
「顔役……」
 葉巻を唇から離した女は声の主に向かって話しかける。自分が向いている方向にその声の主が居るとは限らない。
 顔役と呼ばれた、姿の見えない女はホンジュラスの葉巻を指に挟んだ30代前半のポニーテールの女に対して抑揚の無い声でこのように言った。
「貴女の欲しい物は手配した……直ぐに用件を済ませてこの街から出て行ってくれ。それが総意だ」
「顔役、直ぐには無理だが必ず出て行く。それまでもう少し甘えさせてくれ」
 ホンジュラスの安物の葉巻を再び銜えるハーフコートの女。暗い空間が更に暗くなる。背後でドアが閉まったのだ。緊張が走る。鎮静剤としての効果を期待して真っ暗闇の中でハーフコートの女は安葉巻を大きく吸い込む。
「……!」
 この空間の電灯が不意に点く。辺りには予想通りに規則性が無くパーテーションが設置されていた。
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