短編拳銃活劇単行本vol.1

□チョコレート・ゴースト
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 有象無象にして烏合の衆でもあるその他大勢。
 それら毎日を真面目に生きる真っ当な大衆に埋もれて自分の人生は終わるのだと山本里香(やまもと りか)は早々に悟った。所詮自分は何者にも成れず、時間を掛けても大成できない、浅学菲才の塊なのだと。
 山本里香は18歳にしてそれを、自分は大した事の無い、社会の歯車に成り上がるのだと確信したのは、所属するバスケットボール部でレギュラー入りできなかった瞬間に大悟した。卑屈や悲観や悲壮を嘆息と共に感情を吐き出すことも無く、厳しいトレーニングが報われなかった結果を現実として受け入れ、青春を捧げる時間は終了したのだとも同時に悟った。
 茫洋し煩悶し悄然とする自分自身はどこにも居ない。20年分ほど年齢を重ねた後に振り返る事ができる境地に居た事は確かだが、悔し涙の一粒一滴一筋も込み上げない冷めた人間だったのだと客観する自分自身を見つけた。
 山本里香。高校3年生。女子バスケットボール部所属。18歳の誕生日を呆気無く、然し劇的に終える。彼女は最早、ベンチを暖めるだけの人員としての値打ちも付けられなかった、『背景に立つ人物』として位置づけられた。
 彼女がその日のうちに衝動的にも見える退部届けを提出して楽しさと厳しさが同居する居場所を自ら去っても誰も振り向かなかった。受験を控えた3年生ならば頃合の良い時期でもある。潮時を見つけて引退したのだろうと解釈されたに違いない。

 傾く陽。薄暮の美しい憂色の中、寥々とした雰囲気を僅かに背負いながら一人、下校の途を行く。
 もうすぐ皐月も終わる。予定以上に長い期間、バスケットボールのコートで体を動かせたのは幸運だ。見渡せば自分で目処を付けて退部した3年生も多い。自分もその中の一人に仲間入りだ。
 肩に掛けた青いスポーツバッグ。中身は着替えやジャージやスポーツタオルなど。自分のネームや高校の校章が縫い付けられたり印刷されたりしたモノは何も無い。その事実を見ても、自分が矮小な考えに及んでしまう詰まらない一般人だったのだと思い知らされる。……何一つとて、自分の何か一つを残す事ができなかった。
 だからこその悟り。
 自分は唯の人間だった。頑張れば必ず報われると云う有りがたいお言葉が妄言として経験に刻まれた。日本一の練習が日本一を生む。嗚呼、なんと甘美で軽薄な響きか。
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