短編拳銃活劇単行本vol.1

□Attack the incident
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 染み付いた硝煙の独特の香りを掻き消す為に柑橘系のフレグランスを纏ってはいるが、今しがた溜息を吐いた後に銜えたシガリロがフルーティで清涼な香水を差し引きゼロにしている。
 細長いシガリロに使い捨てライターで火を点す。
 ふわっと膨れ上がるチョコレートの香り。
 ベルギーチョコのフレーバーを売り物にしている細長いシガリロは硝煙やフレグランスや体臭以上の芳しい紫煙でもって狭い室内を瞬く間に支配した。
 165cmの長身に抽象的な容貌。やや痩身なれど健康的で活動的な若さと行動力が溢れる体躯にセンターブルーのスタジアムジャンパーとデニムパンツは誂えた様に似合っていた。
 明るく赤茶けたカラーに染めた頭髪は襟足の短いマッシュウルフのショートカット。故に、抽象的な容貌を加速させる。前髪を分けるように差した飾りっ気の無い黒いヘアピンのお陰で麗しくも凛々しい双眸が表に顕れる。思わず突付きたくなる頬。それに収まる顔のパーツは精緻な設計図を元に削りだされた加工品のようだった。良く言えば精悍に整った美貌。悪く言えば貼り付けたような顔付き。
 ロフトベッドと箪笥が一本有るだけの1Kマンションの一室。洋間フローリング8畳。床には厚目のカーペットが敷かれている。限られたスペースを有効に使うために折り畳みテーブルは使う時だけ展開してセット。
 7階建てマンションの3階。その一番端の部屋が今の湊音の塒だった。南東の角。日当たり良好と言いたいが、真夏は日当たりが良過ぎて蒸し風呂宛らを呈する。エアコンは高性能とは言い難い。オーナーの話では近々、新しいエアコンと入れ替えると云う話だが、次の夏がやってくる前に済ませて欲しいと願っている。ユニットバスに水を張って其処で押し込められた死体のように涼を得るのはそろそろ限界だ。幸い、冬の今は石油ヒーターのお陰で快適を保っている。……冬に暖を取って快適が保たれると云う事は壁材は一応機能しているのだ。
 台所の換気扇の直下でチョコレートの香りのシガリロ――ネオスチョコレート――を半分ほど灰にしたところで、スタジアムジャンパーのポケットから携帯電話を取り出す。
「……お腹も減るよなぁ」
 時刻的にも財政的にも空腹を覚える。
 時刻は夕方6時。テキスト機能に貼り付けた覚書の項目には心許無い数字が並ぶ……それは現在の『金銭』の全財産だ。
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