短編拳銃活劇単行本vol.1

□EVICTORS
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 今正に『生まれたばかりの狂気』が彼女の背後に忍び寄り、爪とも牙とも思えぬ鋭い何かを項に突き立てるべく……刃を立てる。
 刃を立てる。
 そう。『刃』である。
「あ、ごめーん。痛かった?」
 間の抜けた、気概の欠片も感じられない腑抜けな声。
 意味不明な空間に恐れ慄く彼女自身の声ではない。
 もう1人の声。
 はっ、と彼女は振り向いた。
 その間の抜けた声にさえ心臓を鷲掴みにされた気分で青い顔に珠の汗が吹き出る。
 ……が。
 併し、だ。
 裾の長いシェファードチェックの長袖シャツにジーンズの女性がそこに立っていた。
 表情は何処か眠そう。歳は20代後半か30代前半。アップに纏めた髪に黒縁眼鏡が似合う精悍な美女。残念な事に精悍極まりない顔の輪郭や端正なパーツで整った目鼻であるが、何しろ眠そうな双眸が美女の雰囲気を半減させている。
 顔を青褪めさせていた彼女の顔は眼鏡の美女の胸に吸い込まれる様に落ちると途端に紅潮して視線を背ける。顔が青くなったり赤くなったりと豊かな変貌を見せてくれるので眼鏡の美女は、クーパー靭帯の保持にさぞかし苦労しているであろう自らの豊かなバストを見て同性ながら目の遣り場に困った女子高生を愛しい目で見て微笑んだ。
 ……『刃』を突き立てた『それ』を横目に。
「あ!」
 彼女は慌てて周りを見回した。目前の美女以外に驚く事象が顕れた。
「……ふーん」
 眼鏡の巨乳美女は切れ長の瞳を少しばかり左右に振って『それら』を確認した。
「仲間か……」
「え?」
「仲間よ」
「え? え?」
 眼鏡の女性は何を口走っているのか? 彼女の心に次々と理解の範疇を超える問題が放り込まれてショート寸前だ。
「我輩達は『生まれたばかりの狂気』である……名は未だ無い。か」
 白の人魂。幽鬼の様に空間に白い塊が浮かんでいるだけの「何か」。灰色の世界で丸で、其処だけ水滴が落ちて色が滲んでしまったかの様な白い空間。……否。眼鏡の美女の口振りからすると、この白い定形を保つのに苦労しているらしい球状の物体――2人の周りに複数、浮遊――が敵意を持って睨んでいるらしい。
 眼鏡の美女は右手を前ボタンを全開にしたシャツの後ろ腰に手を滑り込ませると携帯電話でも取り出すかの様なモーションで、法治国家の住民に許されるべくも無いアイテムの代名詞・拳銃を取り出した。
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