短編拳銃活劇単行本vol.1
□EVICTORS
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灰色の世界。
何時の間に世界は灰色に成ったのだろう? ……そんな余裕は無い。
そんな事を冷静に考えられる余裕は無い。
世界が灰色に成った。……其れを事実として受け入れるか否かを考える余裕は無い。
何しろ、デジタルカメラの画像を処理してモノクロに映し出した様に世界は灰色だ。太陽も雲も道路も道も建造物も其れらの陰影も。
自分の肌ですら、灰色。
少しばかり俯いて何時もの帰り道を歩いていたら視界の端から徐々に灰色に侵食され、辺りを見回せば――――自分1人だった。
友人と呼べる人間が居ない彼女は元から1人で下校していた。夕陽が美しい筈の一級河川の川縁が灰色。
灰色。
灰色。
灰色。
先程迄考え込んでいた自殺願望と其の具体的な実行方法が雲散霧消。如何に命を捨てるかと問答していた自分はもう、居ない。
パニックが恐怖が焦燥が、彼女の心を掴んだ侭離さないでいた。
家屋も商店も開いているのに人が居ない。車が時間を停止した様に止まっている。誰も乗っていない。道端にはポイ捨ての煙草……煙が昇っているのに火気を感じない。
――――夕陽!
――――太陽!
日差しも空も灰色。
何が彼女に起きたのか。……そんな余裕は無い。
考える余裕が無い。
彼女は唯の高校生だ。何処にでも居るクラスで苛められているだけの、自殺を考える程に悩んでいるだけの唯の何処にでも居る高校生でしかない。動転している彼女に何を言い聞かせてもまともに聞き入れてくれるか如何か。
――彼女がこの度、目出度く辻を徘徊する人外の狂気に食餌として選ばれた事を。
人の形を成さない不定形な狂気は彼女の深い自殺願望が甘露な果実に見えた。
だから。
毎日毎日毎日毎日毎日毎日監視して彼女の心が熟れて朽ち落ちる寸前まで待った。
そして、今日この時、喰らうに到った。
名前も無い『生まれたばかりの狂気』は彼女の心の変動が堪らなく芳醇な香りに思えた。何しろ、今の今迄暗い心で死について考え倦ねていたのに、『生まれたばかりの狂気』が自分の住んでいる世界に彼女を招待した途端、逃げる、帰りたい、死にたくないと掌を返した様に思考を切り替えて顔を恐怖に引き攣らせて路地や角を走り廻っている。
見慣れた、見知った、土地鑑が有る筈の街で迷子に成る焦りの表情。