短編拳銃活劇単行本vol.1

□風よりも速く討て
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 所属する組織内部のDOX中毒患者を始末するのも仕事である。麻薬絡みの別件逮捕で公安と一悶着起こすのを防ぐ為の安全装置だ。
 見境無しに暴れる、ゾンビと形容される中毒患者や、生き延びるのに形振り構わない足抜け者を追い回し、片付ける……因果な商売だが、幼少の頃に組織の重鎮に引き取られて以来、この時の為に育てられて飼い馴らされて来た彼女に抵抗は無い。
 『全ては組織の為に』
 彼女の仕事に対する報酬は暫しの安息。現金が渡される事は毎回だが、有効な使い方が解らない。和穂自身が誇れる物は暗殺を主体とする人体破壊術と「処世術を使っている人間を見極める事」だ。世の中の渡り方や世間の波に乗るのが巧い人間には必ず二心が有る……そう、教えられてきた。実際にそうだった。殊に暴力団と云う反社会的集団の中では属する派閥如何で成功も破滅も、匙一つの分量で決まってしまうので誰しもが慎重だ。「大胆にして繊細」をモットーにする旧い種族は残念ながら、天然記念物だ。「武闘派だが日和見主義」が大多数である。
 それでも和穂にネガティブなグラデーションは無い。
 組織の為に今、此処で死ねと言われれば、「どの様な死に方をすれば良いですか?」と聞き返すだろう。
 組織の歯車として長く組み込まれてきた故の日常的な思考だった。
 言い方を変えれば、都合の良い操り人形であったから今の自分が存在している、と言う感謝の念に似た感情すら覚えている。煙草とコーヒーの味が分かるのも実働部隊のイエスマンだったからこそだ。
 飼い主の手を噛んで無残な最期を遂げた仲間も沢山居る。今は偶々、飼い主の手を噛む理由が見当たらないだけなのかも知れない。興味本位で吠え立ててみ様かと思った時期も有ったが、残念な事に吠え立てる理由が見付からなかった。


「……!」
 何時の間にか咥え煙草の侭、眠りこけていたらしい。
 懐で携帯電話が心地良い世界から、有り難迷惑にサルベージしてくれる。
 携帯電話を手早く取る。急ぎの連絡と云う訳では無いが、着信メロディに殺意を覚えそうなので早く耳障りな電子音を消したかっただけだ。
「はい。御鹿園です……」
 和穂は幼い頃に与えられた便宜上の苗字を口に出して応対した。
「解りました。今から向かいます」
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