短編拳銃活劇単行本vol.1

□歌え。22口径。
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 飽く迄、護身用の域を出ていない為に精密な狙撃や1発で標的を無力化させる能力は劣るが、反動が軽く撃鉄・引き金周りが羽の様に軽快なので22口径10連発リボルバーのS&W M17が登場するまで民間に静かに浸透した。尚、販売コードの「223」とは22口径弾使用で3インチ銃身と言う意味だ。
「私は『撃てない人間』じゃないの。偶然タマが外れて今あなたは地面で下品な言葉を並べているとでも思っているの? 『眉間に叩き込まれなかった』幸運を喜ぶ余裕も無いの?」
 少女の言葉は夜更けの空気に深く染み渡り、青年の耳に鋭く突き刺さった。
 青年の背筋に冷たい感触が走り抜ける。
「22口径で人間を一発で楽にさせようと思ったらこの距離では側頭部か延髄を撃ち抜くしかないの。腹に2,3発叩き込んでも致死的なダメージは与え難いわ。精々、病院での生活をエンジョイさせるだけ……さあ。どっちが良い? 苦しんで死にたい? 苦しんでベッドで不自由したい?」
 少女の顔に表情は無い。返答次第では躊躇わず引き金を引く凄味を帯びた台詞だけが青年の心臓を冷たい手で鷲掴みにする。青年は右太腿の負傷から伝わる鈍い痛みで脂汗を額に浮かせながら「解ったから助けてくれ」とだけ咽喉の奥から搾り出した。
「その言葉が聞きたかった」
 少女は3mの距離を一っ飛びで詰めるとその運動エネルギーで青年の側頭部を蹴り飛ばして昏倒させる。
「約束……だものね……」
 白目を剥いて脱力した青年のベルトを引き抜くと右太腿の負傷箇所の上肢を緩く縛って青年の携帯電話で救急車を呼ぶ。
 ジノプラチナ・プリトスの灰が3cm近く伸びているが湿度管理が行き届いているのか灰は中々折れずに残っている。そもそも、保管に湿度管理が必要な葉巻は頻繁に灰を落としてはならないと言うルールが有る。伸びた灰がラジエーターの役目を果たして口腔に吸い込む煙を冷やす効果が有るのだ。これらの葉巻は職人が一本一本、手で巻き上げるプレミアムシガーと呼ばれている。全工程が機械巻きで湿度管理の必要も無いドライシガーとの対極に有る製品だ。葉巻通の間ではドライシガーなど葉巻では無いと言い切る人間が大多数を占めている。
「……今日は何とか死体を作らずに済んだ」
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