短編拳銃活劇単行本vol.1

□銃侵信仰
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「『小さい口径で安全装置が付いた』銀ダラを手配してくれたら売価の倍払うよ? ハコもマメも1.5倍でどう? 倍、払った差分はオジサンのポケットに捩じ込めばいいじゃん。このシマで相場は幾らか知らないけどコレ位なら直ぐに出せるよ?」
 聡美はジーンズのポケットから使い古しの1万円の束を無造作に取り出した。
「丁度、100枚有るよ? まさか銀ダラ1挺でコレだけもしないよね?」
 売人はこの、素性が一切知れぬ初めての客に複雑な感情を持っていた。
 素人ではないだろうが若過ぎる。
 その一点だけが大きく渦巻いて、この女の金を取って商談を成立させるかどうか悩んだ。
 悩んだと言っても時間にして5分位だろうか?
 女が咥える葉巻から立ち昇る紫煙以外にクサ(大麻)の香りが混ざり始めた。持ち帰ってゆっくり堪能する事が我慢できなくなった客が今し方買ったばかりのクサを巻紙に巻いて火を点けたのだ。こんな中毒患者ほど次回も良い客になってくれる。悦楽のタネを失いたくないから警察に捕まっても重症患者を装ってのらりくらりと入手ルートをはぐらかす。
「あ。ゴメンゴメン。オジサンのシマじゃ銀ダラは扱ってないんだ。じゃ、いいや」
 聡美は差し出した1万円札の束をポケットに戻そうとした。
「ち、ちょっと待て! 分かった。北鮮の黒星なら今直ぐに用意できる!」
 結局、目の前の金に負けた売人。慌てて踵を返し掛けた聡美を呼び止める。
「えー。嫌ぁ。黒星より中国の銀ダラがいいの」
 売人に背中を見せたままちろっと舌を出す聡美。
「……分かった。ま、前払いで貰うぞ」
 再び聡美は万札の束を差し出した。
 引っ手繰る様にそれを手に取ると熟練の銀行員の様な手捌きで1万円札が100枚有る事を確認して懐のポケットに捩じ込んだ。
 聡美の釣りが勝って売人の欲が負けた瞬間だった。
 いつしか聡美の妖しい笑みは排泄物を見下ろす侮蔑の表情に変わっていた。
 何も知らぬ風を装って気前良く払った金額だったが、勿論、このシマでの銀ダラの相場は調べ尽くしていた。50万出せば希望する銀ダラとその予備弾倉5本と弾丸100発が付いてくる。この売人にコネを作る為と売人に「この女は逃がしてはいけない客」と云うイメージを叩き付ける為の布石だ。
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