短編拳銃活劇単行本vol.1

□ルマット家の退っ引き為らない事情
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 プリムの広い、革製のテンガロンハットを目深に被った男はトレードマークだと言わんばかりにフレリアム産の葉巻を咥えていた。其れはドワーフの親指の様に太く、人の中指の3倍以上は長い、淡いマデュロの肌をした本物の『高級品』だった。
「……」
 前ボタンを止めずに上着の如く着こなし、ロングコートの様に裾の長い、鞣革だけで作ったシビルクロースアーマーを羽織ってはいるが、左腰に佩いた稍、短い刃渡りのサーベルは隠し様も無かった。
 年の頃は20代後半だろうか?平均的なマテリアル人より頭一つ高い身長。フレリアム人との混血を疑ってしまう程に浅黒い肌。彫りが深く筋の通った鼻筋。端整な顔のパーツが鏤められた精悍な輪郭は路行く異性を悉く振り向かせた。
 近接戦闘のエキスパートを連想させる隆起した筋骨はシビルクロースアーマーで殆ど隠されているが、その立派な体躯から発せられる一分の隙も無い静かな気迫は常人の目で捕らえる事の出来ない制空権を形成し、近寄る知的存在を遠ざけていた。
 捕食対象を捉えた猛禽類か餓えた狼を連想させる切れ長のブルーアイズは立ち昇る紫煙に煙って細くなる。薄い唇の端から葉巻の紫煙が乱暴に吐き出される。
 青い瞳にはうらぶれた場末の居酒屋が写し出されている。
「……」
 ブーツの爪先を居酒屋の表口に向けて歩き出した。
 一歩踏み出す度に居酒屋の中の喧騒が大きくなる。
 蝶番に発条を仕込んだ押し開きのドアの一歩手前まで来ると、店内の客の個々の話し声まで聞こえてきた。どいつもこいつも酔っ払っているらしい。未だ陽は正午の位置から少しずれたばかりだと云うのに……。
 喧騒と云うものは酒が入ると加速度的に音声が上がる。況してや無法者なのか冒険者なのかそれとも傭兵崩れなのか区別の付かないならず者が屯している居酒屋ともなると酒の席での喧嘩など当たり前の如く発生する。テンガロンハットの彼が店に近づく途中でも3人のウォリアー風の男達が窓や表口から飛び出し、腰の得物を抜いて派手な剣戟を交わし始めた。三つ巴の喧嘩だったが、彼は全く興味を示さず歩みを進めた。
「……」
 押し開きのドアに手を掛ける事無く、胸で押し開ける。踏み込まずともこの位置からだと薄暗い店内を一望できる。薄暗いと云っても備え付けの大型ランタンや壁に釘で打ち付けられた松明に火を点すまでも無い。
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